[リトアニア]クライペダ:砂丘の向こうはロシア領[Lithuania]It’s Russia beyond the dune.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

今日は首都のヴィルニウスから、リトアニアの西端にあるクライペダに移動します。

その前に、朝はこないだ予約していたサロンで、カラーのリタッチと毛先を少し切りました。

uff square というサロン。イケメンのスタイリストとかわいいワンちゃんがいました。
KGB博物館

ホステルの戻る時に気がついた壁一面にある写真と文字。何かと思ったらKGB博物館でした。そうか、リトアニアも旧ソ連の支配下に置かれていた時代があったんだよなあ。心引かれますが残念ながら時間がないのでパス。

ホステルで預けていた荷物をピックアップし、バスステーションに向かいます。
ヴィルニウス12:40発、クライペダに着いたのは約4時間後の16:30でした。これくらいは近いです。

クライペダのバスステーション

ホステルはバスステーションの目と鼻の先。ポーランドで会った旅友からのオススメされたKlaipeda Hostelに宿泊します。料金は1泊約1600円。

今日の部屋は6人部屋。事前にメールで二段ベッドの下の段をお願いしていたのに上を割り当てられてがっかりしていたところ、上の人が僕どっちでも構わないよと言って変えてくれました。優しい。
ホステルの相部屋は大体2段ベッドが多いのですが、私は断然下のベッドを選びます。理由は、ベッドに腰掛けられて、荷物へもすぐに手を伸ばせて便利だから。上を好む人は、下ほどには人の行き来が気にならないというのが理由のひとつみたいです。
背が高くて上のベッドまで手が届く人は、問題ないみたいですが、私みたいに小さいと何か荷物を取る度にいちいち上まで上らないといけないので面倒です。
なので、予約サイトで予約したらすぐにホステルに直接メールをして下のベッドをリクエストしています。大体快くOKしてくれます。

少し行くと公園がありました。人はまばらですが、ベンチに座って本を読んでいる人。ベビーカーを押して散歩している人。全体的に静かでした。

星のマークは旧ソ連時代の祈念碑か何かでしょうか。

静かでちょっと寂しい町かと思っていたらこのあたりに来ると人がいました。遊覧船もあり観光客もいます。

シアター広場という名の通り、この建物は劇場だそうです。

ここが旧市街のTheatre Squareという広場です。

ドイツ風の建物

上の建物の様なドイツでよく見る木枠の建物が多いのは、昔長い間東プロイセン(現ドイツ)に属していたからだそうです。

広場に面したレストランで夕食を取りホステルに戻りました。

次の日、クライペダに来た目的、ニダ砂丘に行きました!

ニダ砂丘とは、このリトアニアの西端のほっそーいここにあります。

地図では一見繋がっている様に見えますが、実は離れているのでフェリーで渡らなければいけません。

フェリーで渡ります。
フェリー乗り場

現在8時半。9時のフェリーに乗るため早めに来ました。曇り空。雨降らないといいけど。

券売機

外の券売機でチケットを購入。1ユーロ(約120円)。カードの表示がなかったので現金で払いました。

バーコードがついたチケットを通します。
自転車に乗ってきた人も結構いました。

あっと言う間(約5分!)に向こう岸のSmiltyneへ到着。

すぐにバス停があるので、ここからNidaまでバスで移動します。

さっき自転車に乗ってきた人達は、颯爽と自転車で去っていきました。
実はここをオススメしてくれた旅友に、ちょっと遠いけど自転車専用レーンもあるし自転車めっちゃ気持ちいいよ、レンタルバイクもあるしと言われたので、いいねーと軽く返していたのですが、Nidaまで片道45km。いやいやいや無理無理無理。

バス代片道4ユーロ(約480円)

帰りのバスの時刻表の写真を撮っておきます。

Nidaバス停

Nidaのバス停に到着。バス停の隣にもレンタル自転車屋さんがありました。
一瞬ここから砂丘までは近いし借りようかとも思いましたがやっぱり自信がない。。歩くことに。

あでも確かに、体力に自信のある人は船着き場から自転車でも楽しいかも知れません。自転車専用レーンもあるし道もほぼ平坦です。

町の中でも自転車が多い。
これは何の木だろう。。

しばらく歩くと砂が見えてきました。

目の前には海があるのですが、水が冷たいのか泳いでいる人はいませんでした。

上の写真の向こう側にはロシア領のカリーニングラードが見えます。間違えていつの間にかロシア領に入ってしまう旅行者がいるそうです。

この先はロシアなのかあ。いやあ、やっぱり不思議な感覚です。
いつもそうなのですが、これは多分私が日本人でさらに沖縄という離島出身だからか、「歩いていたら一歩先はもう異国」というのがことがなんとも不思議な感覚を覚えます。
それに加えて、今回こんな所でロシアがあるなんて、という私の無知さも手伝ってのことだとは思いますが、
それにしてもロシアの飛び地には歴史的背景がありそうですね、後で調べてみよう。

帰りのフェリーが混んでいました。

帰りNidaからSmilyine行きのバスがかなり混み合っていました。なんとかギリギリ乗れたので良かったのですが、乗れない人達もいました。

バス停には次から次へと人が集まってきて、バスが来ると皆列を作るわけでもなく、我先にとカオスな感じになっていました。

えーこれ一体乗れるのだろうかと思っていると、そこに一人かなり強引に何名か押しやりながら割り込んできた女性がいました。ずいぶん失礼な人だなあと見ていたのですが、私の前に割り込んできた時には、「ちょっと!エクスキューズミー!あなた割り込みしてますよ!」と言って譲りませんでした。何かぶつぶつ言っていましたが。

ということで無事バスに乗れてクライペダのホステルに戻りました。

明日はいよいよバルト三国二カ国目、ラトビアへ向かいます!

[リトアニア]ユダヤ人を救った日本人とは[Lithuania] A Japanese who saved thousand Jews in Lithuania.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

今日は、列車に乗ってリトアニア第2の都市カウナス(Kaunas)に行ってきます。

ホステルからヴィリニュス駅までは徒歩2,3分なので便利です。

ヴィリニュス駅
駅構内のくろぎスペース

カウナスまでのチケットは5,6ユーロ(約670円)でした。ついでに帰りの分も買ったのですが、なぜか復路の料金は1ユーロ高い6,6ユーロでした。謎。

番号829番、11:15発の列車です。

出発の11時15分まで時間があるので、駅のすぐ目の前にあるバスステーションに、明日行くクライペダまでのチケットを買いに行くことにしました。

バスステーション
券売機がありました。

窓口もありましたが、券売機を見つけたので試してみることに。

クライペダの時刻表

表示されている時刻表から選びます。英語の表示もあるので分かりやすい。私は12:40発のeurolineというバス会社のチケットを購入しました。19ユーロ(約2300円)。

クレジットカードが使えました。
チケットと領収書が出てきます。

明日のチケットも買えたし一安心です。

それでは今日の目的地カウナスまでの列車に乗り込みます。

駅でコーヒー(1ユーロ)とアップルパイ(0,4ユーロ)を買いました。安いです。

車内はすっきり綺麗
駅にいた巨人。笑。

列車の中で、連絡しようしようと思っていたリトアニア人のアンタナスに連絡してみました。

彼と会ったのは、4ヶ月以上前の4月に訪れたイスラエルのエルサレムで乗ったバスの中でした。
ヨルダンからの入国審査でひょうんなことから拘束?(された気分)され、質問攻めに合いやっと入国出来て乗った市内へ向かうバス。怒りと悔しさと惨めさで疲れでもうそうでもいいやという気分の中(多分目も鼻も赤くて泣いたのがバレバレだっと思う。)、未知の国イスラエルでまだ心細く不安なところに隣の席に座ったのがアンタナスで、優しく声を掛けてくれたのです。シャイそうに見えたけれど天使だった。自分も初めてイスラエルに来たこと。一人旅だが途中で友人と合流する予定などを話してくれました。そして自分の携帯を使ってホステルまでの道のりを調べてくれたのです。私が今世界一周の旅をしていてリトアニアにも行く予定だと伝えると、名刺の裏に電話番号とメールアドレスを書いて渡してくれたのでした。

今休暇でお姉さんのいるベルギーにいるということで残念ながら会えませんでしたが、何かあれば連絡してとか、カウナスの杉原千畝記念館に行くんだと話すと、そんな所があるなんて知らなかったけど僕の行きたい所リストにも加えとくよと、やっぱり天使ぶりにじみ出ていました。あーなんかイスラエルのこと思い出したら涙が出てくる。もう一度会いたかったなあ。

カウナス駅

カウナスには1時間10分程で到着しました。近いですね。

目的地の杉原千畝記念館まで歩きます。

公園の様な所を通って、坂道を登り、なんか住宅街にやってきました。

記念館なんてあるのだろうかと少し不安になりましたが、ありました。

命のヴィザと書かれた門

思わず通り過ぎてしまいそうな普通の一軒家といった感じです。(実際通り過ぎた。笑)

入場料は4ユーロ(約480円)。日本語の話せるスタッフが親切に案内してくれました。私以外他には誰もいない様です。

杉原千畝(ちうね)さんとは、日本の外交官で、第二次世界大戦が始まる頃にリトアニアで領事をしていた人です。

第二次世界大戦でナチスによるユダヤ人迫害が始まると、隣のポーランドから多くのユダヤ人が難民としてリトアニアに流れてきていました。そしてリトアニアでもナチスから追われた彼等に残された唯一の逃げ道は、シベリア鉄道でソ連を横断し日本に行き、日本から第三国へ脱出する、という方法でした。

でもそのためには日本の通過ビザが絶対的に必要です。

杉原千畝は領事としてユダヤ人に通過ビザを発行出来る様に日本本国に許可を願いますが、当時ドイツと同盟を結ぼうとしていた日本からは許可が下りませんでした。
しかし杉原千畝は命より大事なものは無いと、独断でビザを発行することを決断したのです。

結果、2千通ものビザを発行し6千人以上のユダヤ人を救ったとされ、「命のビザ」と言われました。

実際のビザ
杉原千畝の執務室
実際に使われていたスタンプを押すことが出来ます。

館内では、杉原千畝の活動がまとめられた動画が日本語でも見られます。
私が去る頃には、日本人の人達が入ってきました。

杉原千畝、こんな遠い国にこんな日本人がいたなんて。胸が熱くなりました。

ここから歩いて、街の聖ミカエル教会まで行ってみます。

途中で見たモスク。

モスクの側にテントがあり、中に人がいてお祈りをしていました。
よく見るとて、テントには窓の模様が施されていて、なるほど簡易テント版のモスクになっている様です。

簡易テント版のモスク

モスクの修復工事中の間もこうやってお祈りを続けているんですね。

聖ミカエル教会

聖ミカエル教会に着きました。カウナスでの観光スポットなはずなのに、人はまばら。

教会前の広場に面したカフェに入ると、なんとどんぶりがあるではありませんか!日本食が恋しくなっていた私は迷わず注文。味もなかなか。カプチーノと合わせて8ユーロ(約960円)。量はあと2杯位軽くイケる位でしたが節約の為我慢。

トイレも済ませ(綺麗そうな所で入っておくのが原則です)、また駅まで歩いてヴィリニュスに戻りました。

[リトアニア]SIMカード購入 [Lithuania] SIM card.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)
ロシア語を話せる人も多いそうですが、ソ連から独立した今はリトアニア語が主流だそう。

昨日は、何故かベラルーシのSIMがまだ使えたので無事チェックイン出来て助かったけど、それもそろそろ切れるはずなので、今日はリトアニアで(願わくばバルト三国内でも)使えるSIMを購入したいと思います。

街のキオスクやスーパーなどで売っているよと聞き、早速近くのスーパーへ。

サコティスというケーキ

ツリーの様な形をしたサコティスというケーキ。もうちょっと小さいのがあれば買って食べてみたいけどなあ、これは一人では大き過ぎ。

で、目的のSIMカードのことをレジの人に聞いたのですが、一応売ってはいるみたい?ですが言葉がよく通じずよくわからず。後ろに列が出来ていたのでキオスクを探すことにしました。

街角にあるキオスク(小さな売店)でEzysという会社のSIMカードを購入しました。2ユーロもしませんでした。激安です。
パッケージを開け、SIMカードを抜き取り入れ替えます。4桁のコードを聞かれるので、Ezysのパッケージに書かれているPIN番号(上写真の3131)を入れると、ロックが解除されます。その後、1544に電話を掛けるとアクティベートされ設定完了です。完了すると、EzysからSMSメッセージが送られてきます。場合によっては数十分かかる場合もあるらしいですが、数分でネットに繋がりました。
ちなみに、370から始まる番号が自分の電話番号です。あと、パスポートの提示も不要でした。

やったー。やっぱりインターネットが繋がっていると思うと安心します。

安心して街を散策できます。

カジミエル教会

リトアニアの主な宗教はなんとなく勝手に正教会と思っていたところ、ローマ・カトリック教会だそうです。

ヴィリニュス大聖堂

代表的なのがヴィリニュス大聖堂。あいにく改修工事中で外側はネットで覆われていましたが、中には入れました。

ヴィリニュス大聖堂の中
9月にローマ教皇が来るとポスターが掲げられていました。
旧市庁舎

こちらは旧庁舎。現在ではイベントの場所として使われているそうです。

ふと目についたポスター。日本とリトアニアの木版画展が開催されている様です。こういうのを見るとなんか嬉しくなります。

小さな教会。

こちらは新市街
ヴィンツァス・クディルカ広場の脇にあった、これは図書館なのかな?

広場の名前にもなっているヴィンツァス・クディルカは、リトアニアの民族復興運動に活躍し、もともと詩人でもあった彼が作詞作曲した「国民讃歌」が後にリトアニア国歌になったそうです。

ヴィンツァス・クディルカの銅像
大統領官邸

大統領官邸前にあったハッシュタグ#LT100という写真スポット。第一次世界大戦後の1918年に独立して今年で100年なんですね。

建物の上に何かいる。。天使?

この天使の近くにいい感じのヘアサロンを見つけました。そろそろ根本染めしなきゃと思っていたのでとりあえず入ってみると、ワンちゃんと一緒にオーナーらしき女性が出てきて、今日は一杯だけど明後日なら大丈夫よと言われたので予約。料金は毛先のカット込みで60ユーロ位とのこと。リトアニアも結構高いのねと思いましたが、これ、単に私に刷り込まれた思い込みで、世界は思ったより高いというのがこれまで行った国での印象です。

いや、比べるとまだ安いのは安いのですが、思ったより安くないということはよくあります。これまで出会ったバックパッカーの多くが、日本は行きたい国のトップリストに入っているんだ、でも物価が高いからちゃんとプランしてから行くんだと言う人が多い一方で、実際に行った旅人はいやそれほどでもなかったよと言うのを何度か聞きました。

日本て安くなっているんですよね。

旧市街地に入ると小さなお土産屋さんやレストランがあります。

かわいい窓
ドアノブが素敵
LOKYSという老舗のステーキレストラン

ホステルへの帰り道、気球がたくさん飛んでいるのが見えました。

明日は、第二次世界大戦時に多くのユダヤ人を救ったと言われる杉原千畝博物館のある、カウナスという街に行ってこようと思います。

[リトアニア]ヨーロッパのGスポット?[Lithuania]The G-spot of Europe?

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

いきなり変なタイトルですみません。
これ冗談じゃなく、正真正銘首都ヴィリニュス市がはっている観光キャンペーン。
場所はわかりにくいけど見つけると発見の歓びが、という具合らしいです。笑。

私は発見できるのか。ベラルーシの首都ミンスクから文字通りひとっ飛び、35分でリトアニアの首都ヴィリニュスへ到着しました。

ヴィリニュス空港

ヴィリニュス空港は、駅?と思うくらい小さな空港です。

ここから市内まで列車に乗ります。

あったあった列車のマーク

列車のマークに沿って行くとエレベータがあり、降りた先はもうホームでした。

しかし誰もいない。駅舎も駅員も見当たらず。

時刻表

時刻表だ。どれどれ。今18:40だから次の列車は19時32分。えー50分後?!どうしよう。。もう一人私と同じ様に時刻表を見てがっかり去っていく人がいました。
確かバスもあったはず、と来た道を空港に戻るとバス停がありました。

バス代1€。
1番のSTOTIS行きに乗ります。

リトアニアの通貨はユーロです。持っていたユーロでチケットを購入。世界中どこに行っても大抵ユーロと米ドルさえ持っていればなんとかなるので、ユーロを約€300、ドルは$100くらい、いくつかに分けて持っています。

地図アプリmaps,meでバスの進行を追いながら、無事STOTISバス停に到着。
ホステルはここから5分位歩いた所にすぐありました。

ただ問題はこここから。このホステルはスタッフが24時間常駐ではないので、この時間はセルフチェックインするようにメールで案内されていました。

建物の中に入ります。1階にガラスのドアがあるはずだけど無い。
そうか、もしかしてfirst floor1階て2階のことかも?ヨーロッパ、特にイギリスだと日本でいう1階はグランドフロア(ground floor)といい、日本でいう2階が1階。よし。上に上がるとドアはありました。しかし暗証番号を入れても開かない。。なぜ??
幸いベラルーシの3Gがまだつながっていたので、メールをして暫く待つも返信無し。
中から宿泊客が出てくることを期待する一向に出てくる気配もなし。

しばらくして気がつきました。そうだ、ネットが繋がってるってことはwhatsappで電話すればいいのか!

電話をするとオーナーの人が出てくれました。説明を受けながらドアに行くと、なんと!キーボックスがもうひとつあるではありませんか!ドアではなくドアのそばの壁に。
暗証番号を入れるとあっけなく開き、無事に中に入れました。悔しいーっ。灯台下暗し。

翌朝スタッフの出勤を待ちお金を支払いました。オーナーの女性はフレンドリーでSIMカードがどこで変えるのかなど親切に教えてくれました。

今回のホステルは、25 HOURS HOSTEL。1泊12,3ユーロ(約1500円)。
清潔でバスターミナルや駅にも近くて便利です。