[ルーマニア]裸の王様が建てたルーマニアで一番美しくて一番醜い建物 [Romania] The most beautiful and the ugliest building in Romania.

独裁者チェウセスクが建設した「国民の館」(The Palace of the Parliament)に行ってきました。

入り口とチケット売り場

ウニリ通りの並木道をずっと行きます。

ウニリ(Unirii)通りを真っ直ぐ行きます。

すると、突き当りにダダーンと現れる巨大な建物が「国民の館」です。

写真では伝わりにくいですが、とにかくデカイ!横幅275メートルあるらしいです。
アメリカのペンタゴン国防総省に次ぎ、世界で2番目に大きい建築物だそうです。

ちなみに、入場口は下図矢印の所です。ウニリUnirii通りから来ると、建物に向かって右側にぐるっと回った公園側にあります。間違った入り口に行ってしまうと、かなり回り道をして歩くことになるので、下調べしてから行った方がいいです。

入り口

着いたのは11:20でしたが、ツアーの空きがあるのは14:00以降と言われ、仕方なく14時のツアーを予約し、それまでの間、館内にあった美術展を覗いたり、あとは散歩がてら外に出て、見つけたカフェで過ごすことにしました。

入場料は35レウLeu(約950円)。個人では入場できず、必ずガイド付きツアーに参加する必要があります。身分証明書の提示がないとチケットが受け取れないので、パスポートを忘れずに。ツアー開始前には、ガイドからの注意事項の説明、そしてセキュリティーを通って荷物検査があります。
詳細はこちらのウェブ(英語)でもできます。

ツアー開始

「国民の館」はチャウシェスクがつけた名前で、チャウシェスク政権の崩壊後はThe Palace of Parliamentと名前を変え、現在は、ルーマニア議会や政党のオフィスなどが入っているそうです。でも、なにせ3000部屋もあるため、多くの部屋は使われておらず、今日のツアーで見学するのは、全体のたった4%にしかあたらないそうです。この巨大な建物は、地上82m(12階)、地下もなんと90m(9階)もあるそうです。 地下には、シェルターや駐車場、プールもあるそうです。

ここに国民の館を建設するためチャウシェスクは、それまでに住んでいた3万人もの住民を追い出したそうです。

ロセッティホール The “C. A. Rosetti” Hall
このホールのシャンデリアは、一番大きいそうで、5トンもあり、震度9にも耐えられると言っていました。

 ロセッティホール The “C. A. Rosetti” Hall
会議室。 右の人はガイドさん。
ここはチャウシェスクの妻エレナの為の会議室で、壁にはピンクの大理石が使われています。
ピンク大理石
大階段
ユニオンホール(Union Hall) 。天井の高さがわかりますか。

下の動画でもどうぞ。

アレクサンドル・ヨアン・クザ・ホール(Alexandru Ioan Cuza Hall)からは、街を見渡せるバルコニーに出られます。

このゴージャスなバルコニーからの眺め!独裁者チャウシェスクはきっとここからの眺めにご満悦だったのでしょうね。


いやいや、そうはいかず、実は最初に使ったのはチャウシェスクではなく、マイケルジャクソンだったんです!だそうです(ガイド談)
ザ・独裁者チャウシェスク。いつか北朝鮮を訪れた時に見た建物に感化され、「国民の館」建設の構想を持ったそうでが、建物の完成前を待たずに改革が起こり逮捕、処刑されたために、結局住むことはなかったのです。

ちなみに、チャウシェスク死亡時には建物の6割しか完成していなかったそうで、工事を止めて取り壊すという議論もあった様ですが、経済的にも継続したほうが良いとなったそうです。ルーマニア国民の間では、「一番美しくて一番醜い建物」と言われているそうです。複雑な気持ちが表れていますよね。

バルコニーから撮ったパノラマ

就任当初はそれなりに人気もあり支持されていたそうですが、妻のエレナと共に私腹を増やすようになり、「国民の館」はその極みだったのでしょう。一方で、国民の生活は良くなるどころか、パン一つ買うのにも困窮するようになっていたそうですが、そんな状況の中でも、チャウシェスク夫妻は商品豊富な店に入り、大量の食べ物を抱えて出て来る姿がテレビで何度も放映されたそうです。

一説では、国民がこれほどまでに困窮しているのを、もしかするとチャウシェスクは知らなかったとも言われているらしいです。側近たちが、チャウシェスクがお店に行く時には先回りして、商品を陳列棚に並べて、”豊かなルーマニア”を繕っていたそうです。

でも結局、暴動(改革)が起きて、怒り狂う国民を目の当たりにしてすっかりビビったチャウシェスクはヘリコプターで逃亡を図りますが、ヘリコプターのパイロットを始め、行く先々で関係者から裏切られ、あっけなく逮捕されてしまうのです。
裸の王様だったわけですね。そう考えると、童話の裸の王様って普遍を描いていたんだなあと思います。あ、童話ってそもそもそういうものなのか。

チャウシェスクさん、ヒトラーもそうだけど、どうやってそうなったのだろう。ひしひしと感じる闇に興味深々新。。

帰り道、ラベンダーが咲いていました。

[ルーマニア]バスでルーマニアのブカレストへ [Romania] Bus trip to Bucharest, Romania

ドーバルデン!(ブルガリア語でこんにちは)
今日行くルーマニア語ではブナジウワー!

今日は、ブルガリア最終日。夜にはルーマニアの首都ブカレストへ向かいます。

ホステルの駐車場で見た、黒い物体

こっちを見てる?
ツメでがしっ。澄んだ青い目が可愛い。
手の指全開。笑。
足のぼりにチャレンジ!

ジェンスキ・パザル市場

Zenski pazarに行きました。


ピクルスなどを詰める瓶でしょうか。
とんがり帽子型のトマト

チェリー。これだけ買って100円以下!


ブルガリアからルーマニアへ移動

バスで、ルーマニアの首都ブカレストへ向かいます。
チケットはFlixBusでを購入しました。
23:30 ソフィア(Serdika Bus Station)→6:30ブカレスト(Bucharest Autogara Militari)
5時間の旅です。料金15,48ドル(約1710円)。車内にはWifiがありました。

Ruseという国境で、バスを降りてのパスポートチェックがありました。

Ruse 国境 BULGARIA >>> ROMANIA

早朝6時過ぎ、ブカレスト(Bucharest)のAuto Gara Militariバスステーションに着きました。
新しい国に入る時はいつも緊張します。朝もやの中バスを降りると、小雨が降っていました。ブルッとなりながらバスのトランクから荷物を取ります。

近くにあったATMでとりあえず50レウ(約1350円)を引き出しました。

不安になりながら、少し歩くと、ガソリンスタンドが見えたのでそこのお店に入りました。カプチーノとパンを買い、休憩。温かいカプチーノが沁みます。
カプチーノ7,5レウ(約200円) パン2,5レウ(約67円)

綺麗でモダンなコンビニ。

店長らしき男性が、フレンドリーにハローと話しかけてくれ、駅の場所を聞くと親切に教えてくれました。ソフィアから一緒に来たホス友とはここでお別れです。大きな街には興味がないと言って、彼女はここからバスを乗り換えてブラショフ(Brasov)まで行きます。

私は、Pacii駅から地下鉄に乗り、Piaţa Unirii駅で降りました。Pacii駅はAuto Gara Militariバスステーションのすぐ近くにありました。

今日のホステルは、First Hostel Bucharest 10ユーロ(約1260円)朝食付き。
スタッフは24時間常駐ではないのですが、スタッフにつながる電話が置いてあるので、何かあれば電話で聞くことが出来ます。シティセンターまでは10分から15分程歩きますがお部屋も綺麗でした。

10時からのシティフリーウォーキングツアーに参加することにしました。

フリーウォーキングツアー

参加したのは、Walkabout Free Walking Tour。Piata Unirii Parkが集合場所です。Piata Unirii駅の前にある公園です。

訪問したのは下記の場所です。

  • 聖アントニー教会 St. Anthony’s Church
  • ヴラド・ツェペシュの王宮跡
  • スタヴロポレオス教会 Stavropoleos Convent (Stavropoleos Monastery) 
  • 革命広場 Revolution Spots 
聖アントニー教会 St. Anthony's Church
聖アントニー教会 St. Anthony’s Church
ヴラド3世の王宮跡 Ruins of Vlad’s Citadel

ヴラド3世と聞くと誰?って感じですが、あの吸血鬼ドラキュラのモデルになったワラキア公国の君主だそうです。
実際の彼は、ある意味ドラキュラよりも残酷で、抵抗した者に対しては、棒をお尻から刺し、重力で体が少しずつ下がってくるのを利用して生き殺しにしていたそう。怖すぎる。
でも面白いのは、悪者を次から次へと殺してくれたので、民衆からは賞賛もされていたそう。
フィリピンのドゥテルテ大統領を思い出しました。強気な発言等で物議を醸すお騒がせ大統領という印象ですが、治安改善の為麻薬売買に関与した犯罪者を次から次へと殺してくれたと、国民からは結構感謝されて人気もあるらしいです。

ヴラド3世。
スタヴロポレオス教会 Stavropoleos Convent (Stavropoleos Monastery)

ハヌル・マヌクHanul lui Manuc (Manuc’s Inn)

ルーマニアで最古のホテルで、1808年創立だそうです。
現在はルーマニア料理のレストランになっています。

お店の前には、古い時代の、木で舗装された道が残っていました。

お木で舗装された道路。
革命広場 Revolution Spots

1989年、独裁者チャウセスク大統領に対するクーデターが起きた場所です。
12月21日、チャウセスク大統領を賞賛する集会が一転、反政府による抗議デモに発展し、そのわずか4日後の12月25日に裁判が行われ、その日に夫婦とも銃殺によって処刑されたのです。衝撃的な処刑の映像は世界に放映されました。その頃は何が起きたのか理解していませんでしたが、私も当時ニュースで見た記憶があります。

革命広場と旧共産党本部の建物。
当時、チャウセスクは2階のバルコニーからが演説していたそうです。それが最後の演説になりました。
当時の様子を説明するガイド
Victory Avenueの街角

ツアーも終わり、さっきも行った、ルーマニア最古の旅館&レストラン、ハヌル・マヌクHanul lui Manucに戻ってランチをすることに。
チョルバ・デ・ブルタ (Ciorba de Burta)という牛モツのスープを食べました。ルーマニアもモツ肉を食べるのが意外でした。味は、ニンニクが効いていて、ビネガーが入っているので酸味もあります。正直味はイマイチでした。。

チョルバ・デ・ブルタ (Ciorba de Burta)という牛モツのスープ。