[リトアニア]ユダヤ人を救った日本人とは[Lithuania] A Japanese who saved thousand Jews in Lithuania.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

今日は、列車に乗ってリトアニア第2の都市カウナス(Kaunas)に行ってきます。

ホステルからヴィリニュス駅までは徒歩2,3分なので便利です。

ヴィリニュス駅
駅構内のくろぎスペース

カウナスまでのチケットは5,6ユーロ(約670円)でした。ついでに帰りの分も買ったのですが、なぜか復路の料金は1ユーロ高い6,6ユーロでした。謎。

番号829番、11:15発の列車です。

出発の11時15分まで時間があるので、駅のすぐ目の前にあるバスステーションに、明日行くクライペダまでのチケットを買いに行くことにしました。

バスステーション
券売機がありました。

窓口もありましたが、券売機を見つけたので試してみることに。

クライペダの時刻表

表示されている時刻表から選びます。英語の表示もあるので分かりやすい。私は12:40発のeurolineというバス会社のチケットを購入しました。19ユーロ(約2300円)。

クレジットカードが使えました。
チケットと領収書が出てきます。

明日のチケットも買えたし一安心です。

それでは今日の目的地カウナスまでの列車に乗り込みます。

駅でコーヒー(1ユーロ)とアップルパイ(0,4ユーロ)を買いました。安いです。

車内はすっきり綺麗
駅にいた巨人。笑。

列車の中で、連絡しようしようと思っていたリトアニア人のアンタナスに連絡してみました。

彼と会ったのは、4ヶ月以上前の4月に訪れたイスラエルのエルサレムで乗ったバスの中でした。
ヨルダンからの入国審査でひょうんなことから拘束?(された気分)され、質問攻めに合いやっと入国出来て乗った市内へ向かうバス。怒りと悔しさと惨めさで疲れでもうそうでもいいやという気分の中(多分目も鼻も赤くて泣いたのがバレバレだっと思う。)、未知の国イスラエルでまだ心細く不安なところに隣の席に座ったのがアンタナスで、優しく声を掛けてくれたのです。シャイそうに見えたけれど天使だった。自分も初めてイスラエルに来たこと。一人旅だが途中で友人と合流する予定などを話してくれました。そして自分の携帯を使ってホステルまでの道のりを調べてくれたのです。私が今世界一周の旅をしていてリトアニアにも行く予定だと伝えると、名刺の裏に電話番号とメールアドレスを書いて渡してくれたのでした。

今休暇でお姉さんのいるベルギーにいるということで残念ながら会えませんでしたが、何かあれば連絡してとか、カウナスの杉原千畝記念館に行くんだと話すと、そんな所があるなんて知らなかったけど僕の行きたい所リストにも加えとくよと、やっぱり天使ぶりにじみ出ていました。あーなんかイスラエルのこと思い出したら涙が出てくる。もう一度会いたかったなあ。

カウナス駅

カウナスには1時間10分程で到着しました。近いですね。

目的地の杉原千畝記念館まで歩きます。

公園の様な所を通って、坂道を登り、なんか住宅街にやってきました。

記念館なんてあるのだろうかと少し不安になりましたが、ありました。

命のヴィザと書かれた門

思わず通り過ぎてしまいそうな普通の一軒家といった感じです。(実際通り過ぎた。笑)

入場料は4ユーロ(約480円)。日本語の話せるスタッフが親切に案内してくれました。私以外他には誰もいない様です。

杉原千畝(ちうね)さんとは、日本の外交官で、第二次世界大戦が始まる頃にリトアニアで領事をしていた人です。

第二次世界大戦でナチスによるユダヤ人迫害が始まると、隣のポーランドから多くのユダヤ人が難民としてリトアニアに流れてきていました。そしてリトアニアでもナチスから追われた彼等に残された唯一の逃げ道は、シベリア鉄道でソ連を横断し日本に行き、日本から第三国へ脱出する、という方法でした。

でもそのためには日本の通過ビザが絶対的に必要です。

杉原千畝は領事としてユダヤ人に通過ビザを発行出来る様に日本本国に許可を願いますが、当時ドイツと同盟を結ぼうとしていた日本からは許可が下りませんでした。
しかし杉原千畝は命より大事なものは無いと、独断でビザを発行することを決断したのです。

結果、2千通ものビザを発行し6千人以上のユダヤ人を救ったとされ、「命のビザ」と言われました。

実際のビザ
杉原千畝の執務室
実際に使われていたスタンプを押すことが出来ます。

館内では、杉原千畝の活動がまとめられた動画が日本語でも見られます。
私が去る頃には、日本人の人達が入ってきました。

杉原千畝、こんな遠い国にこんな日本人がいたなんて。胸が熱くなりました。

ここから歩いて、街の聖ミカエル教会まで行ってみます。

途中で見たモスク。

モスクの側にテントがあり、中に人がいてお祈りをしていました。
よく見るとて、テントには窓の模様が施されていて、なるほど簡易テント版のモスクになっている様です。

簡易テント版のモスク

モスクの修復工事中の間もこうやってお祈りを続けているんですね。

聖ミカエル教会

聖ミカエル教会に着きました。カウナスでの観光スポットなはずなのに、人はまばら。

教会前の広場に面したカフェに入ると、なんとどんぶりがあるではありませんか!日本食が恋しくなっていた私は迷わず注文。味もなかなか。カプチーノと合わせて8ユーロ(約960円)。量はあと2杯位軽くイケる位でしたが節約の為我慢。

トイレも済ませ(綺麗そうな所で入っておくのが原則です)、また駅まで歩いてヴィリニュスに戻りました。

[リトアニア]SIMカード購入 [Lithuania] SIM card.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)
ロシア語を話せる人も多いそうですが、ソ連から独立した今はリトアニア語が主流だそう。

昨日は、何故かベラルーシのSIMがまだ使えたので無事チェックイン出来て助かったけど、それもそろそろ切れるはずなので、今日はリトアニアで(願わくばバルト三国内でも)使えるSIMを購入したいと思います。

街のキオスクやスーパーなどで売っているよと聞き、早速近くのスーパーへ。

サコティスというケーキ

ツリーの様な形をしたサコティスというケーキ。もうちょっと小さいのがあれば買って食べてみたいけどなあ、これは一人では大き過ぎ。

で、目的のSIMカードのことをレジの人に聞いたのですが、一応売ってはいるみたい?ですが言葉がよく通じずよくわからず。後ろに列が出来ていたのでキオスクを探すことにしました。

街角にあるキオスク(小さな売店)でEzysという会社のSIMカードを購入しました。2ユーロもしませんでした。激安です。
パッケージを開け、SIMカードを抜き取り入れ替えます。4桁のコードを聞かれるので、Ezysのパッケージに書かれているPIN番号(上写真の3131)を入れると、ロックが解除されます。その後、1544に電話を掛けるとアクティベートされ設定完了です。完了すると、EzysからSMSメッセージが送られてきます。場合によっては数十分かかる場合もあるらしいですが、数分でネットに繋がりました。
ちなみに、370から始まる番号が自分の電話番号です。あと、パスポートの提示も不要でした。

やったー。やっぱりインターネットが繋がっていると思うと安心します。

安心して街を散策できます。

カジミエル教会

リトアニアの主な宗教はなんとなく勝手に正教会と思っていたところ、ローマ・カトリック教会だそうです。

ヴィリニュス大聖堂

代表的なのがヴィリニュス大聖堂。あいにく改修工事中で外側はネットで覆われていましたが、中には入れました。

ヴィリニュス大聖堂の中
9月にローマ教皇が来るとポスターが掲げられていました。
旧市庁舎

こちらは旧庁舎。現在ではイベントの場所として使われているそうです。

ふと目についたポスター。日本とリトアニアの木版画展が開催されている様です。こういうのを見るとなんか嬉しくなります。

小さな教会。

こちらは新市街
ヴィンツァス・クディルカ広場の脇にあった、これは図書館なのかな?

広場の名前にもなっているヴィンツァス・クディルカは、リトアニアの民族復興運動に活躍し、もともと詩人でもあった彼が作詞作曲した「国民讃歌」が後にリトアニア国歌になったそうです。

ヴィンツァス・クディルカの銅像
大統領官邸

大統領官邸前にあったハッシュタグ#LT100という写真スポット。第一次世界大戦後の1918年に独立して今年で100年なんですね。

建物の上に何かいる。。天使?

この天使の近くにいい感じのヘアサロンを見つけました。そろそろ根本染めしなきゃと思っていたのでとりあえず入ってみると、ワンちゃんと一緒にオーナーらしき女性が出てきて、今日は一杯だけど明後日なら大丈夫よと言われたので予約。料金は毛先のカット込みで60ユーロ位とのこと。リトアニアも結構高いのねと思いましたが、これ、単に私に刷り込まれた思い込みで、世界は思ったより高いというのがこれまで行った国での印象です。

いや、比べるとまだ安いのは安いのですが、思ったより安くないということはよくあります。これまで出会ったバックパッカーの多くが、日本は行きたい国のトップリストに入っているんだ、でも物価が高いからちゃんとプランしてから行くんだと言う人が多い一方で、実際に行った旅人はいやそれほどでもなかったよと言うのを何度か聞きました。

日本て安くなっているんですよね。

旧市街地に入ると小さなお土産屋さんやレストランがあります。

かわいい窓
ドアノブが素敵
LOKYSという老舗のステーキレストラン

ホステルへの帰り道、気球がたくさん飛んでいるのが見えました。

明日は、第二次世界大戦時に多くのユダヤ人を救ったと言われる杉原千畝博物館のある、カウナスという街に行ってこようと思います。

[リトアニア]ヨーロッパのGスポット?[Lithuania]The G-spot of Europe?

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

いきなり変なタイトルですみません。
これ冗談じゃなく、正真正銘首都ヴィリニュス市がはっている観光キャンペーン。
場所はわかりにくいけど見つけると発見の歓びが、という具合らしいです。笑。

私は発見できるのか。ベラルーシの首都ミンスクから文字通りひとっ飛び、35分でリトアニアの首都ヴィリニュスへ到着しました。

ヴィリニュス空港

ヴィリニュス空港は、駅?と思うくらい小さな空港です。

ここから市内まで列車に乗ります。

あったあった列車のマーク

列車のマークに沿って行くとエレベータがあり、降りた先はもうホームでした。

しかし誰もいない。駅舎も駅員も見当たらず。

時刻表

時刻表だ。どれどれ。今18:40だから次の列車は19時32分。えー50分後?!どうしよう。。もう一人私と同じ様に時刻表を見てがっかり去っていく人がいました。
確かバスもあったはず、と来た道を空港に戻るとバス停がありました。

バス代1€。
1番のSTOTIS行きに乗ります。

リトアニアの通貨はユーロです。持っていたユーロでチケットを購入。世界中どこに行っても大抵ユーロと米ドルさえ持っていればなんとかなるので、ユーロを約€300、ドルは$100くらい、いくつかに分けて持っています。

地図アプリmaps,meでバスの進行を追いながら、無事STOTISバス停に到着。
ホステルはここから5分位歩いた所にすぐありました。

ただ問題はこここから。このホステルはスタッフが24時間常駐ではないので、この時間はセルフチェックインするようにメールで案内されていました。

建物の中に入ります。1階にガラスのドアがあるはずだけど無い。
そうか、もしかしてfirst floor1階て2階のことかも?ヨーロッパ、特にイギリスだと日本でいう1階はグランドフロア(ground floor)といい、日本でいう2階が1階。よし。上に上がるとドアはありました。しかし暗証番号を入れても開かない。。なぜ??
幸いベラルーシの3Gがまだつながっていたので、メールをして暫く待つも返信無し。
中から宿泊客が出てくることを期待する一向に出てくる気配もなし。

しばらくして気がつきました。そうだ、ネットが繋がってるってことはwhatsappで電話すればいいのか!

電話をするとオーナーの人が出てくれました。説明を受けながらドアに行くと、なんと!キーボックスがもうひとつあるではありませんか!ドアではなくドアのそばの壁に。
暗証番号を入れるとあっけなく開き、無事に中に入れました。悔しいーっ。灯台下暗し。

翌朝スタッフの出勤を待ちお金を支払いました。オーナーの女性はフレンドリーでSIMカードがどこで変えるのかなど親切に教えてくれました。

今回のホステルは、25 HOURS HOSTEL。1泊12,3ユーロ(約1500円)。
清潔でバスターミナルや駅にも近くて便利です。

[ベラルーシ]ミンスク→リトアニアへ空路移動[Belarus]Minsk to Lithuania

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

朝5時起き。皆を起こさない様に準備していると、お母さんと友人も起きてきてくれました。感謝です。まだ暗い中玄関の外で待っていると、ライトをつけたピックアップトラックが近づいて来ました。友人が運転手に再度行き先を伝えてくれました。

友人達とハグをしトラックの助手席に乗り込みシートベルトを締めます。空気がひんやりしています。

空が白んできました

無口で怖そうな運転手のおじさんと眠い私、車内にはラジオから流れる音だけ。
途中、寒くないか?と唯一手振りで声を掛けてくた時には、優しさに思わず涙が出そうになるのを堪えて思い切り笑顔でスパシーバ(ありがとう)と言うと、いつの間にか眠ってしまいました。

朝日が顔を出しました。

おじさんに起こされた時は、外はすっかり明るく、見るともうミンスク市内の駅前でした。

慌ててお礼を言い、友人から聞いていた金額のお金を差し出すと、何度も首を横に振って結局受け取ってくれませんでした。

Malinauka駅

なんだか励まされた気持ちになり、よし行くぞ、と気合を入れて駅へ降りました。

ここMalinauka駅からレーニン広場駅まで移動します。

今朝9時。夕方の飛行機までは時間があるので、一旦荷物を預けるためロッカーを探します。

レーニン駅。

あったあった。ロッカーのマーク!

案内の通り進むとLuggage Officeはすぐに見つかりました。

受付でお金を払うと、預け荷物の引き換えの札を渡されました。

荷物の引き換え札

ふう。身軽になったので、ここからは歩いて戦争歴史博物館へ行きます。

レーニン広場
ベラルーシ戦争歴史博物館 Belarusian Great Patriotic War Museum

1時間弱で到着しました。

立派な博物館!しかし入り口が見つからない。案内板も見当たらない。やっとで見つけた入り口は、この大きな階段を上って右側に下りてぐるっと回った所にありました。
入場料9ルーブル+オーディオガイド4=計13ルーブル(約680円)。

館内は広く、テーマごとに順路がある様でしたが、飛行機の時間も気にしながら、かなり飛ばし飛ばしで回りました。

第二次世界大戦におけるナチスの展示も多かったです。

ナチスの犠牲となったユダヤ人は60万〜80万人とも言われているそうです。
ナチスの犯行と言われている「カチンの大虐殺」を表している炎。

時計を見ると思っていた程時間がなく、全部見れないまま博物館を出て再びレーニン広場まで戻ります。

有名なホテル Aparthotel Gostinyi Dom
中央バスステーション

レーニン広場にある中央バスステーションに着きました。ここからバスで空港まで向かいます。

チケットカウンター

理不尽までに不機嫌な窓口の人にムカッとしつつ、空港行きのチケットを購入。

バスの中から見えた風景。中国語の大きな看板はなんだろう。。
空港のカウンターにも中国語が。中国人の観光客が多いのだろうか。

空港までの道中、中国語の看板をいくつか見ました。近年中国からの資本が入ってきているそうです。

ミンスク国際空港に到着。出国審査を済ませラウンジに向かいます。

っとー。あージャケットがない。。さっきの荷物検査の所に忘れてきてしまった。ジャケットを脱いで他の荷物を2つのカゴに分けて入れたのですが、スタッフの人がジャッケットだけ3つ目のカゴに入れ直していたんですよね。その3つ目のカゴをすっかり忘れてた。。でもIt’s too late。。出国してしまったし戻れないよな。。
お気に入りだったのに、モンベルのジャケット。軽くて暖かくて内ポケットも何気に便利だったのに、モンベルのジャケット。。。。しょうがない。

いつもの様にラウンジに行くと、わーいマッサージチェアがある!とテンションが上がるも、よく見るとだいぶヨレヨレのクタクタ。

横になれるベッドもありました。
中には入りませんでしたが、この奥にも休憩出来る?ベッドがある様です。
いよいよリトアニアへ!

今回の飛行機はベラヴィアBELAVIA航空です。チケットは105.50ベラルーシ・ルーブル(約5500円)でした。そして飛行時間なんとたったの35分!多分これまでで最短の飛行時間。だったらゆっくり列車で行きた〜いと思ったのですが、そこにはベラルーシのビザ無し滞在の要件があり、空路で入り空路で出国という条件があるのでした。

他の旅人から陸路でも大丈夫だったという話も聞きましたが、こういうリスクは負いたくないので素直に空路で移動しました。

この夏からビザが緩和されたベラルーシ。これから観光客も増えて変わっていくんだろうなあ。

ベラルーシは未知の国だったけど、元同僚の友人や子供たち、素敵なお友達、田舎の親戚、猫たち、バーニャというサウナや豊かな自然、美味しい自家製の野菜や果物。長旅の疲れがこんなにも癒されました。

ここからまた一人旅に戻ります。いよいよバルト三国に突入です。

[ベラルーシ]意外なイスラエルとの関係[Belarus] Relation with Israel/Jews.

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

今日はモタリの村にある博物館に行ってきました。

家から徒歩10分位のところにあります。

村の教会

これは道中にあった、村の教会という感じの小さな教会。日本で言えばどこにでもある近所の神社みたいな感じかな。(といっても沖縄で神社はあまり馴染みないですけどね)

博物館の入り口

鮮やかな黄色に塗られた博物館。最近出来たのかここに来るには友人も初めてだそう。

織り機

ベラルーシでは麻の織物が多い様で、これは織り機。

伝統的な家の様子が再現されています。

左に見えるのは石窯オーブン。右側に吊るされたものはベビーベッド。
額にリネンの織物が掛けられています。
結婚式の衣装

博物館の方によると、イスラエルの初代大統領のヴァイツマンは、モタリの出身だったそうです。

ベラルーシとイスラエル?意外に思えたイスラエルとの関係ですが、14世紀頃からモタリの村には多くのユダヤ人が定住し、仲良く暮らしていたそうです。多い時にはあ3割程を占めていたそう。ただし、その後の第二次世界大戦時のナチスの占領下には多くが犠牲になり、現在ではほとんどいなくなってしまったそうです。

あと、メッセージアプリのViberはイスラエルの会社ですが、ベラルーシを拠点に開発されたのだそう。そうそう、ベラルーシでは現在急激にIT産業が伸びているらしいです。そういえばウクライナもIT産業が急成長しているって言っていたな。

今日はモタリでの最終日。皆でお庭でバーベキューです!

お肉はお父さんが焼いてくれます。

今気がついたけど、このバーベキューグリルの脚、素敵。ミシンのリサイクルかなあ。

絶対美味しい肉、そして自家製の野菜たち。

そうそう、ベラルーシで欠かせない定番の飲み物に、クワス(Kvass)というものがあります。今日のBBQにももちろんありました。(テーブルの上のペットボトルに入った黒い飲み物がクワスです。)
コーラみたいな炭酸飲料ですが、少しハーブの香りもするクワスは、ライ麦を発酵したものだそうです。といってもビールとは違い、甘さもあり子供達の大好きな飲み物です。私も好きになりました。
(僅かにアルコールも含まれるそうが、ノンアル飲料として取り扱われているそうです。)

お父さんに、最後に記念に写真を取ろうと言われパシャリ。お父さんありがとう。

モタリの素敵な田舎暮らしも今日で終わりです。明日はミンスクに戻り、次の目的地リトアニアに向かいます。

早朝5時半に、ミンスク行きの車が迎えに来ることになっています。
モタリには公共交通機関が無いので、車を手配してくれました。(ミンスクから一緒に来た親戚は一足先に帰りました。)
車といってもタクシーとかではなく、食肉を卸しにミンスクに行くトラックに乗せてもらえるらしい。田舎の絆って感じですね。楽しみ。
友人と子供たちはこの後もしばらく残るため、明日は私一人でミンスクに戻ります。少し心細いけど、なんとかなるでしょう。

世界一周の旅も約7ヶ月経ちました。私の人生でベラルーシに来るなんて、去年までは想像もしたことなかったこと。ベラルーシ出身の友人に出会うまでは正直ベラルーシという国の存在すら知らなかったと思う。
友人と出会ってからも、森の中のきのこ狩りが楽しくて美味しいのよーって話を聞いて食べてみたいーって思った程度で、本当に来れるとは。残念ながら今回は気温が高かった為キノコ狩りは出来なかったけれど、言葉はほぼ通じないけど楽しかった田舎暮らし。
一言で、「いやあ癒やされた〜」。

人生フル・オブ・サプライズですね。

[ベラルーシ] 田舎暮らしはほぼ自給自足[Belarus] Life of almost self-sufficient

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

皆でご近所をお散歩。

この二人はいとこ同士。可愛い。

子供たちが小さなカエルを捕まえました。

ここモタリでは、皆ほぼ自給自足みたいな生活をしている様です。

この日は家の庭で育てているトマトを収穫し、ケチャップ作りのお手伝い。

不揃いのトマト達が可愛い

きれいに水洗いしたトマトを、ひたすら潰していきます。

子供たちはアイス休憩中

こういう単純作業でなんか落ち着くのはなぜでしょうか。時間に追われなこういうい作業は嫌いじゃないです。

ひたすらヘタを取る。

別の日には、いちごジャム作り。これ全部庭で摘んできたいちごです!なんて贅沢。

他にも色々あります。キッチンの裏にあるパントリーを見せてくれました。

トマトケチャップやきゅうりのピクルス、ect。何かあってもしばらくは食べ物に困らなさそうです。

乾燥りんご、きのこも。

大量のパプリカも茹でて、瓶詰めにして保存します。

家の外に吊るされているのは玉ねぎ
このりんごは家に庭になっていたもの。どの家にもりんごの木がありました。

自給自足はこれだけではありません!

この日、おじいちゃん達が、あるものを取りに連れていってくれました。

上の動画ではよく見えませんが、雑草で覆われた道を車幅ギリギリで走っています。多分すぐそこにある側溝に落ちないか内心ドキドキ。でもさすが感覚で分かるのでしょうね。何ごともなく進んでいきます。こういう手慣れた感じ。かっこいいなあ。

車を降り、ここからは歩きます。

途中にあった小さな小川はこの船で渡ります。と言っても船に乗るわけではなく、正確には船の上を”歩いて”渡りました。船の長さが川幅とちょうどぴったりなのです。便利(笑)

準備オッケー!

長靴と刺されない様に長袖の上着と顔を帽子をかぶります。
そう、ここは養蜂場!はちみつも自給自足。はちみつを採りにレッツゴー!

この、謎の装置も持っていきます。

の前に、この装置も持っていくらしい。用途は下の動画でどうぞ。

この装置はくん煙器といい、巣箱を開ける前に煙をかけると中にいるの動きが鈍くなり刺されないのだそうです。残念ながらこの日はあまりはちみつがなかったので、そのまま戻しました。

プロポリス

巣箱にこびり付いたものをかき集めたこれは、プロポリスだそうです。日本でも万能薬として売られていますね。

下の白いものはミツロウ。

そして、別の日には湖に釣りに行くというのでついていきました。釣りバカ(友人談)の友人の息子(中学生)は日本からマイ竿を持参。

この日は残念ながら釣れませんでしたが、別の日に何匹も釣ってきて夕ご飯で頂きました。

これは同じ友人息子の手作りピザ。トマトソースもバジルも家庭菜園で採れたものです。

こんな感じの田舎暮らし。毎日皆の優しさに囲まれて毎日新鮮で美味しいものを食べる。シンプルだけど何とも言えず旅の疲れが癒されて本当にゆっくり。

明日は何するかな。

[ベラルーシ]今日からちょっと田舎暮らし[Belarus]Country life in Belarus.

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

今日から、友人の親戚が暮らすモタリという田舎町で過ごします。

トランクに荷物を詰めいざ出発!

モタリの町は、友人が心が疲れた時にここに来てきのこ狩りしたりして過ごすととても癒やされるの、と話していた場所です。私も癒やされたい。

モタリへ到着

今日からお世話になる友人の親戚の家へ到着しました。
高層アパートのミンスクと違い、舗装されていない道路や素朴で可愛い三角屋根の家々。静かです。

庭には飼われているニワトリ達が
こちらは今日からお世話になる家の猫。ふてくされた様な顔が可愛い。
気になるりんごの木
町角にあった十字架

小さな交差点になっている町角に十字架がありました。近くに教会はありません。沖縄の石敢當みたいな感じかなあ。(絶対違うと思うけど)

夜には豪華な食事が!親戚の一人以外はロシア語なので、片言の英語と友人の通訳で会話をします。あとは食事に集中。

遠慮せずにたらふく食べた後は、猫と遊びます。なんて幸せ。。

私はソファベッドで寝かせてもらいました。友人と友人の子供たちは布団を敷いてねます。
今日からしばらくはここ、友人の親戚の家で友人とその子供たちと過ごします。

[ベラルーシ]wifi事情とSIMカード購入[Belarus]Wifi in Minsk and Sim card.

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

今日は友人が子供を歯医者に連れて行くというので、その間私は一人で過ごすことに。美術館まで送ってもらい、美術館のwifiで連絡し合えることを確認し、一旦解散。

美術館を一通り観覧した後は、猫好きの私のために友人が教えてくれた猫カフェに向かいます。

道路の様に広い歩道

やたら広い歩道を、これもソビエト時代の名残りかなあと思いながら歩いていたのですが。暑い。8月の真夏とはいえベラルーシでもこんなに暑いとは。異常気象だそうです。

レーニンさんですよね?

おや、この銅像はレーニンさんでは?地図を確認するとレーニン通りと書かれています。ウクライナや旧ソビエト連邦の独立国ではレーニン像が破壊処分されたというけど、ベラルーシでまだ残っているのね。不思議な感じ。何か事情があるのでしょうね。

猫カフェの案内板が見えました

到着〜。カフェには無料wifiもあります。SMSでパスワードが届く仕組みになっているのですが、電話番号を持っていない私に、スタッフの方が親切に自分の電話番号を使って取得してくれました。

カフェというより、猫美術館といった感じ。コーヒーとクッキーがセルフサービスです。他にメニューはありませんでした。

右下が私作ドラえもん。

自由に絵を貼れる場所があったので私もドラえもんを描くことに。うる覚えの歌を口ずさみながら描いたドラえもんがどこから見ても明らかに間違っていたので、ネット検索して正しいバージョンも描いておきました。でも下手。

猫カフェを出ると、Simカードを購入すべく、近くの電話会社らしき看板がある建物を目指します。

左の建物にVelcomの黄色い看板が。

写真左隅のVelcomの看板がある建物。ちなみに中央の大きな建物はPalace of Republic。

オフィスビルの様です。1階のA1センターと書かれたドアから店内に入り、Simを買いたいと伝えると(英語で対応してもらえました)、パスポートの原本が必要と言われてしまいました。コピーは駄目だと。はあ。泣く泣く退店。

(その後合流した友人にパスポートを持ってきてもらい、無事購入出来ました。料金15ルーブル(約780円))

しばらく歩くとお腹が空いてきたので、いい感じのカフェを見つけて聞くとwifiもあるというので入ってみました。テーブルに付くなりwifiへの接続を試みますが、登録画面でパスワードを受け取るための電話番号を聞かれ一瞬で落胆。あーあ、ここもか。。ベラルーシの電話番号なんて持っていないし、日本の番号で受け取ろうにもそもそも4Gに繋がっていないのでSMSで受け取ることが出来ません。

非情だわ。あきらめて、次のカフェへ。

ミンスクでの何やらのイベントのフリーwifiを見つけたので試すも、同じく電話番号を聞かれて接続できず。

そこで考えました。そうだ、きっとインターナショナルなマクドナルドならきっとイケる!私の様な外国人観光客だっているだろうし。と期待に胸膨らませ、さっき通り過ぎたマックを目指します。

しかし結果は同じ。なんか怒りがこみ上げてきました。理不尽だー。

でも怒ってもしょうがないので、あきらめて一旦さっきの美術館に戻りました。

無事友人と連絡が取れて合流。

その後は、ベラルーシ正教の聖霊大聖堂 The Holy Spirit Cathedralを見学。

聖霊大聖堂 The Holy Spirit Cathedral

教会を見学した後は、友人の友人達とディナーをするということでそこまで歩いていくことに。

ド迫力のKFC

元同僚の友人はベラルーシで医師免許を取得して来日、日本の大学で研究者として働きはじめ、現在は沖縄で研究を続けています。この道は彼女にとって懐かしい通りらしく、ここは変わった、変わってないなどと懐かしそうにしていました。

ベラルーシ国立ボリショイアカデミー劇場

ベラルーシでは、オペラやバレエには正装して出掛けるそうです。バレエダンサーになることは子供の憧れだそうです。

この星は旧ソビエトの赤星?
勝利広場 Victory Square

ディナーの場所は、ここ勝利広場に面した素敵なレストランでした。

ピンク色のボルシチ
ペリメニ(水餃子) 

ウクライナではヴァレーニキと言われていたペリメニと言われる水餃子。

ハムとジャーキー

ディナーが終わるとすっかり暗くなっていました。

[ベラルーシ]素敵すぎ!アーティスト訪問[Belarus]Being arty in Minsk

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

いきなりですがこれ、カーペットです。

これは、友人の友人で画家をしているというジャナの作品。今日はジャナを訪ねました。

建物の中のアトリエに入るなり、大興奮!さほど広くはないその空間に置かれているもの、飾られているもの、所々に出ている生活感全てがアートで。ストーリーがない物はきっとないと思うくらいぎっしりと詰まったこの感じ。めっちゃ楽しい〜。はあ、何かが満たされていく。。

玄関の頭上に置かれたマットレスにも驚きだけど、その上には緑が。太陽光を浴びさせるためにここになったのでしょうか。素敵。

玄関には身だしなみを整えるための鏡

お部屋にはシャワーとシンクも装備されています。

可愛い。紫のカゴ。ピンクの浴槽にいちごの絵。
楽しそう
右は、ベラルーシの伝統的なカップホルダー。

ビールを頂きそこら辺の椅子に座ると、棚から作品を一枚ずつ出して見せてくれました。感激。

私が一番好きなのだったのがこの絵。背景の青がなんとも素敵です。

小窓の眼下に見えるのはミンスクの目抜き通り
右がジャナ。左は彼女のアシスタント。二人ともほんと笑顔が素敵。

そして、なんと彼女の本を頂きました!

ジャナの作品はこちらからぜひチェキラ! http://jannakapustnikova.belorus.by/en/

[ベラルーシ]ウクライナから空路でミンスク入り[Belarus]Flying from Lviv to Minsk

ブリビエット!(ベラルーシ語でこんにちは)

ベラルーシに来ました!首都のミンスクまでひとっ飛び空路入りしました。

列車やバスでも行ける距離を空路で来た訳は、ビザの事情があるから。列車で国境越えしたかったのだけどアライバルビザの場合は空路入りに限られているのです。しかも滞在日数はたったの5日間。。

だったのですが!なんと一週間前に滞在期間が30日に延長されたんです!ラッキー。ちょうど夏休みで帰郷しているベラルーシ人の友人とも会えるし、ベラルーシ政府ありがとう。ベラルーシも観光客を増やそうとしているのかも知れませんね。

この30日ビザフリー滞在は、ミンスク空港からの入国及び出国が条件です。
私は、ウクライナのリヴィヴ→キエフ経由ミンスクまでUkraine International Airlinesで来ました。料金UAH1969(約8600円)。出国の便はミンスクからリトアニアのヴィリニュスまでBELAVIA航空でBYN105.59(約5533円)で事前予約しておきました。
5日以上滞在する場合は、The divisions on citizenship and migration of the territorial bodies of internal affairs(入国管理事務所みたいな所でしょうか。)で登録が必要です。あ、でもこれはホテルなど宿泊施設に滞在する場合はホテルがやってくれることなので心配しなくて良いですが、私の様に友人宅に滞在する場合は自分でやらなきゃいけないので要注意です。

入国時、空港で旅行保険に入る必要があります。
滞在日数によって猟奇が違うのですが、私は10日のビザにしました。(10ユーロ)

30日ビザフリーについて詳しくはこちら→ http://en.belarus.travel/news/information-on-visa-free-travel

空港には一足先にミンスク入りしている友人が迎えに来てくれました。
元職場の同僚で、ちょうど夏休みでミンスクに帰郷しているということで会いにきたのです。

空港からミンスク市内へ

途中、スーパーマーケットに寄りワインやビーフジャーキーなどを買います。今夜は友人の友人達とバーニャと呼ばれるスパに連れて行ってくれるという。

ミンスク市内から車で2時間近く走った郊外のバーニャ。大学の頃からの仲間たちと毎週水曜日に集まっているのだそう。

素敵な山小屋という感じ

緑に囲まれた静かな佇まい。期待が高まります。友人のお友達は全部で5人。

日本の五右衛門風呂にも似てる?

建物のすぐ横にあったのは、五右衛門風呂のようなお風呂。
お風呂桶の横に見える緑の枝葉は、樺の木(Birch)だそうです。

早速パンツ一丁になりサウナへ。ミスト状のサウナで気持ちいい。その後冷たいシャワーをザブッと掛け再びサウナへ。ちなみに男女は別れていましたが、バーニャの中には混浴もあるらしいです。

サウナの後はバスローブのまま、皆で持ち寄ったワインを飲んだりチーズをつまんだり。

医大で一緒に学んだ仲間6名は全員医師免許保持者だそうだけれど、実際にお医者さんとして働いているのはたった一人。理由は、意外にもベラルーシでの医師の給与は安いかららしく、そのためヨーロッパなど国外に出る人も多いそうです。

フェルトの様な生地でできた帽子をかぶります。

マッサージ受けたい?と聞かれ、旅で常に足がパンパンの私はもちろんイエス!と答えたのですが、マッサージ師さんは男性。といってもこういうの全然気になりません。別の部屋に移り、再びパンツ一丁のほぼ全裸でベッドにうつ伏せになります。するとマッサージの彼が白樺の葉っぱの束を手に持ち、これで叩くけどがよいか?と聞いてきます(友人が通訳してくれました。)。一瞬、え、と思うもまあこういうものだろうと了承。すると白樺の束でピシッ、パシッ。お尻も容赦なくムチ打ちの刑。いやいやいや、これが予想を超える気持ち良さ!

ピシッと叩かれる度に、蒸気と共に薫りたつ白樺の芳しい香り。音だけ聞くと痛そうだけれどこれが実にいい塩梅の痛さで、思わずああと言いながら笑ってしまいます。痛気持ち良いっていうんでしょうか。これまで行ったマッサージの中でもダントツかも知れません。マッサージ師の男性は友人達のお気に入りで、いつも彼をご指名しているらしい。ベラルーシに行ったらバーニャ、絶賛おススメです!

ベラルーシの人は皆デフォルトで背が高い!(左は友人で、右は友人の幼馴染)

仲間の一人が年間契約で一棟借りしているというバーニャ。なんとも羨ましい。

ベラルーシ人の友人は職場の元同僚です。沖縄での彼女との出会いがなければベラルーシという国を訪れることがあっただろうか。やっぱり人との出会いが世界を広げるのだなあと実感した日でした。