[エストニア]またまた旅の醍醐味。イランで出会った友人と再会[Estonia]This is the beauty of traveling. Reunite with Estonian Canadian friend I met in Iran.

Tereテレ!(エストニア語でこんにちはの意味)

ラトビアからエストニアの首都タリンへやってきました!ECOLINESで18,20ユーロ(約2200円)でした。

そういえば、早朝、ホステルの部屋を出る時に見た不可解なシーン。(上の写真)
2段ベッドの下にある、キャスター付きの荷物用の箱が引き出されていて、え、泥棒?と思いきや荷物は全部ある。ざっと見回してもルームメイト達はそれぞれのベッドですやすや寝ている。。何があってこうなってるの??
解せないままチェックアウト。

リガのバスステーション
このバスに乗ります。
車内には各座席にエンターテイメントが付いています。

リガを9時に出発してタリンに到着したのは13時半。タリンバスステーションからバスに乗り市内の中心まで向かいます。

バスチケット。タリンのバスステーションから市内まで2ユーロ(約240円)

バスを降り、地図を見ながらホステルに向かいます。

異国の地で花屋さんを見るとなんだか安心するのは何故だろう。

異国の地で見るとなぜか安心するもの、花屋さんと本屋さん。別にそれを求めて歩いているわけではないけれど、見つけるとなんかホッとします。

ひよこ饅頭だ!笑。最近ホームシックです。

旧市街に入ると道が狭くなります。

今回の宿はTabinoya。オーナーが日本人みたいです。1泊17,5ユーロ(2130円)。観光の中心地ラエコヤ広場(Raekoja plats)の近くにあります。

なんと言ってもエストニアでの最大の楽しみは、イランで出会った旅友、ハナとの再会です!

イランで一緒にピンクモスクを訪れた時のハナと私
上は今日撮った写真。下はイランでの二人。

ヘッドスカーフ一切無しで会うのがなんだか新鮮です。笑。
この後イランの共通の友人に二人の写真を送ったら、”You loog great! スカーフしなくてもいいなんて羨ましい”と言われてなんだか申し訳ない気持ちになりました。彼女たちはオシャレしたくてもスカーフは必ず着けなきゃいけないし、手首足首を見せてはいけません。

ハナは生まれも育ちもカナダのエストニア系カナダ人です。1年程前から自分のルーツであるエストニアに移住し、現在は働きながら弁護士を目指して勉強中。日本にも留学していたことがあり、日本語も話せます。

トラムに乗って、今エストニアの若者に人気だというTelliskivi Creative Cityという所に連れていってもらいました。元々工業地帯だった所をアートにオシャレにした、ハナ曰く”ヒップスター”な場所だそう。

最近よく耳にするHipsterというトレンド。ヒップスターとは、私の勝手なイメージで説明すると、まず絶対ヒゲをもっさり生やしていて、最先端の流行というよりは、少し昔っぽい感じを取り入れたファッションをクールにした感じ。どちらかというとフレンドリーというよりは気難しくお高いとまった感じ?
Hipsterで画像検索すると色々出てきます。

オシャレ。こだわりがある感じですね。

卓球台もアート!

フリーマーケットでは服や雑貨などが売られていました。

音楽もあってリラックスした雰囲気です
お昼はおしゃれなカフェでサーモン。

ランチの後は旧市街に戻り散策。

アレクサンダー・ネフスキー大聖堂
国会議事堂
旧市街が一望出来ます。

コホトゥオツァ展望台(Kohtuotsa Viewing platform)からはタリン旧市街が一望出来ます。

カモメかなあ?人を怖がる様子もなく鳥が近くまで。

お互いにとって異国の地であるイランで出会ったカナダ人のハナと日本人の私が、エストニアで再会する。まさにこれが旅の醍醐味だと思う瞬間です!
その国の歴史や建造物、風景、食べ物など色々な楽しみがありますが、出会う人でその国の印象が変わったりして旅を面白さを倍増してくれるのは、やっぱり人との出会いだと思います。

またいるうちに会おう、今度はうちに泊まってよ、と言ってくれました。

[ラトビア]インド人がレストランの開店準備中[Latvia]Indian friend’s starting new restaurant in Riga!

ラブディエン!Labdien(ラトビア語でこんにちはの意)

今日は、ラトビアに移住したばかりのインド人ビジョが、リガ郊外に開業準備を進めるレストランに行ってきました。

バスステーション前にあるjanvara ielaバス停から待ち合わせのSilikatu ielaバス停に向かいます。

バスカード

バス停のすぐ横にあるキオスクでバスカードを購入。

janvara ielaバス停
バスの車内でカードをかざします。

料金は1,15ユーロ(約140円)。

バス車内の表示板

車内にある表示はリアルタイムで2つ3つ先のバス停まで表示されるので、分かりやすい。

Silikatu ielaバス停

到着したことをビジョにメッセージすると、歩いて迎えに来てくれました。

猫。もふもふで寒いラトビアの冬も暖かそうだね。

まずはビジョのアパートを見学。部屋は2ベッドルーム、キッチン、バスルームで、インド人のルームメイトと合計3人でシェアしているそう。家賃は350ユーロ(約42000円)。冬は暖房代ががつくので400ユーロ位になるそう。季節で家賃が違うんですね。

左はビジョ。右は共同経営者。彼もインドからの移住者。

絶賛リノベーション中のレストランに来ました。
周りは住宅街ですが、大通りに面していてロケーションも良さそう。
中に入ると、予想外におしゃれでびっくり!もっと食堂みたいな感じかと勝手に想像していたので驚きました。
元々カフェだったところを借りているそうですが、テーブルやキッチンカウンターや棚など、共同経営者でもある友人と二人でDIYで作っています。

木片を手に持ち何かを確かめているビジョ
お店の隣にある木

お店の敷地内に大きな木があり、ヨーロッパの人ってテラス席好きだからさ、絶対テラス席あったらいいよ!そうそう、木陰の下にテーブルを置いてさ。ワンちゃんと一緒にお散歩がてらコーヒーを一杯。ああ夢が膨らむ〜。
てなんだか自分のことに様にワクワクします。

近所で拾ったりんごを絞ってジュースを作ってくれました。

こちらは約4ヶ月後にビジョから送ってもらったレストランの様子です。

ビジョが眺めていた木片はライトだったんだ。
https://www.facebook.com/burger.restorans/
レストラン Noa

インドからはるか遠いラトビアへ留学で来るインド人も多いそうです。理由の一つはEU圏でありながら物価が安いから。リガにはインド人コミュニティもあって皆で情報交換しながら生活しているそうです。
確かにシェンゲンビザがあれば他の国にも行きやすくなりますね。

[ラトビア]ラトビア移住したインドのホス友と再会![Latvia]An Indian friend moved to Latvia for new life

ラブディエン!Labdien(ラトビア語でこんにちはの意)

クライペダ→リガまでバス移動

リトアニアのクライペダ10:30発、約4時間半の移動を経て、ラトビアの首都リガへ来ました!

今回利用したのは、Ollex Bus というバス会社で料金は18ユーロ(約2180円)。オンラインで予約出来ます。

リガのバスステーション

バスステーションの脇には川が見えました。

リトアニアでもよく見たNARVESENのキオスク
ホステルでのウェルカムドリンクのワイン

今回の宿はThe Naughty Squirrel Backpackers Hostel 1泊16ユーロ(約1900円)

ホステルからすぐのGalerija Centrsというショッピングモールの中にある携帯ショップで、SIMカードを購入。5GB10日有効で4,99ユーロ(約600円)。
リトアニアに着いた時からバルト三国で使えるSIMが欲しかったのですが、やっぱり無い様で各国で購入することになりそうです。でも安いからいっか。

このGalerija Centrsというモールの隣にはRimiというスーパーマーケットもあります。

そして、初日の恒例ご近所散策。

白と青の旗はリガ市の旗。

目抜き通りにはショッピングモールの他、カフェやレストランなど色々あります。

自由の記念碑。記念碑の前には警備隊が微動だにせず立っていました。
ロシア正教会のThe Nativity of Christ Cathedral
公園の木にあった葉っぱのマーク?なんだろう。
House of the Blackheads
迷路のような遊び場?
向かい合わせになったベンチ。
カフェで一休み

ホス友と再会

翌日、インドのデリーで出会ったビジョに会えました〜!

真ん中がホス友のビジョ。右の彼もインド出身でラトビアの大学に通っている学生。

彼はインドの南にあるケレラ州コチの出身で、ラトビアへ移住するビザを取得するため長期滞在していたのでした。そして数週間前、やっとビザが下り移住してきたのです。

デリーにいる時は早朝まだ皆が寝ている間に起きて公園でワークアウト、食費などもなかり節約していました。

ホステルでは他のルームメイト達とふざけてばかりいたので、本当に実現してラトビアで新しい生活をスタートしたことが自分のことの様に嬉しい。

ラトビアに着いて殆どどこにも行っていないというので一緒に街歩き。

広場にたくさんの熊が。各国からの平和を願う熊アート?が展示されていました。

これは日本のクマ
三兄弟の家

上の写真はThree brothers(三兄弟)と言われている建物で、右端から長男、次男、末っ子が建てた家で、それぞれ時代の特徴が異なるそうです。

右:長男の家。15世紀の建物でオランダのルネサンス様式。当時窓税があった為小さな窓になっています。
中:次男の家。壁にある1646の通り1646年の建築。三人の中で最も裕福だった彼の家は大きな窓が特徴。
左:末っ子。17世紀後半に建築。一番小さい家。この写真では見えませんが、玄関の上の方に魔除けのお面が飾られています。

Cat house 猫の家

こちらはCat Houseと言われる建物。屋根の両側に猫が立っています。

ラトビア人の商人の家だそうですが、大ギルドと言われる商工会?組合?への加入を拒否されたため、あてつけに向かいにあったギルドの建物に猫のお尻を向けさせたのが始まりだと言われているそうです。その後和解して向きを変えたとか。

こんな猫のお尻なら全く嫌な気はしないけれど、当時はそれなりに恨みが伝わるアイテムだったのだろうか。

明日は、リガ郊外にあるビジョのレスランを見に行ってきます!

[リトアニア]クライペダ:砂丘の向こうはロシア領[Lithuania]It’s Russia beyond the dune.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

今日は首都のヴィルニウスから、リトアニアの西端にあるクライペダに移動します。

その前に、朝はこないだ予約していたサロンで、カラーのリタッチと毛先を少し切りました。

uff square というサロン。イケメンのスタイリストとかわいいワンちゃんがいました。
KGB博物館

ホステルの戻る時に気がついた壁一面にある写真と文字。何かと思ったらKGB博物館でした。そうか、リトアニアも旧ソ連の支配下に置かれていた時代があったんだよなあ。心引かれますが残念ながら時間がないのでパス。

ホステルで預けていた荷物をピックアップし、バスステーションに向かいます。
ヴィルニウス12:40発、クライペダに着いたのは約4時間後の16:30でした。これくらいは近いです。

クライペダのバスステーション

ホステルはバスステーションの目と鼻の先。ポーランドで会った旅友からのオススメされたKlaipeda Hostelに宿泊します。料金は1泊約1600円。

今日の部屋は6人部屋。事前にメールで二段ベッドの下の段をお願いしていたのに上を割り当てられてがっかりしていたところ、上の人が僕どっちでも構わないよと言って変えてくれました。優しい。
ホステルの相部屋は大体2段ベッドが多いのですが、私は断然下のベッドを選びます。理由は、ベッドに腰掛けられて、荷物へもすぐに手を伸ばせて便利だから。上を好む人は、下ほどには人の行き来が気にならないというのが理由のひとつみたいです。
背が高くて上のベッドまで手が届く人は、問題ないみたいですが、私みたいに小さいと何か荷物を取る度にいちいち上まで上らないといけないので面倒です。
なので、予約サイトで予約したらすぐにホステルに直接メールをして下のベッドをリクエストしています。大体快くOKしてくれます。

少し行くと公園がありました。人はまばらですが、ベンチに座って本を読んでいる人。ベビーカーを押して散歩している人。全体的に静かでした。

星のマークは旧ソ連時代の祈念碑か何かでしょうか。

静かでちょっと寂しい町かと思っていたらこのあたりに来ると人がいました。遊覧船もあり観光客もいます。

シアター広場という名の通り、この建物は劇場だそうです。

ここが旧市街のTheatre Squareという広場です。

ドイツ風の建物

上の建物の様なドイツでよく見る木枠の建物が多いのは、昔長い間東プロイセン(現ドイツ)に属していたからだそうです。

広場に面したレストランで夕食を取りホステルに戻りました。

次の日、クライペダに来た目的、ニダ砂丘に行きました!

ニダ砂丘とは、このリトアニアの西端のほっそーいここにあります。

地図では一見繋がっている様に見えますが、実は離れているのでフェリーで渡らなければいけません。

フェリーで渡ります。
フェリー乗り場

現在8時半。9時のフェリーに乗るため早めに来ました。曇り空。雨降らないといいけど。

券売機

外の券売機でチケットを購入。1ユーロ(約120円)。カードの表示がなかったので現金で払いました。

バーコードがついたチケットを通します。
自転車に乗ってきた人も結構いました。

あっと言う間(約5分!)に向こう岸のSmiltyneへ到着。

すぐにバス停があるので、ここからNidaまでバスで移動します。

さっき自転車に乗ってきた人達は、颯爽と自転車で去っていきました。
実はここをオススメしてくれた旅友に、ちょっと遠いけど自転車専用レーンもあるし自転車めっちゃ気持ちいいよ、レンタルバイクもあるしと言われたので、いいねーと軽く返していたのですが、Nidaまで片道45km。いやいやいや無理無理無理。

バス代片道4ユーロ(約480円)

帰りのバスの時刻表の写真を撮っておきます。

Nidaバス停

Nidaのバス停に到着。バス停の隣にもレンタル自転車屋さんがありました。
一瞬ここから砂丘までは近いし借りようかとも思いましたがやっぱり自信がない。。歩くことに。

あでも確かに、体力に自信のある人は船着き場から自転車でも楽しいかも知れません。自転車専用レーンもあるし道もほぼ平坦です。

町の中でも自転車が多い。
これは何の木だろう。。

しばらく歩くと砂が見えてきました。

目の前には海があるのですが、水が冷たいのか泳いでいる人はいませんでした。

上の写真の向こう側にはロシア領のカリーニングラードが見えます。間違えていつの間にかロシア領に入ってしまう旅行者がいるそうです。

この先はロシアなのかあ。いやあ、やっぱり不思議な感覚です。
いつもそうなのですが、これは多分私が日本人でさらに沖縄という離島出身だからか、「歩いていたら一歩先はもう異国」というのがことがなんとも不思議な感覚を覚えます。
それに加えて、今回こんな所でロシアがあるなんて、という私の無知さも手伝ってのことだとは思いますが、
それにしてもロシアの飛び地には歴史的背景がありそうですね、後で調べてみよう。

帰りのフェリーが混んでいました。

帰りNidaからSmilyine行きのバスがかなり混み合っていました。なんとかギリギリ乗れたので良かったのですが、乗れない人達もいました。

バス停には次から次へと人が集まってきて、バスが来ると皆列を作るわけでもなく、我先にとカオスな感じになっていました。

えーこれ一体乗れるのだろうかと思っていると、そこに一人かなり強引に何名か押しやりながら割り込んできた女性がいました。ずいぶん失礼な人だなあと見ていたのですが、私の前に割り込んできた時には、「ちょっと!エクスキューズミー!あなた割り込みしてますよ!」と言って譲りませんでした。何かぶつぶつ言っていましたが。

ということで無事バスに乗れてクライペダのホステルに戻りました。

明日はいよいよバルト三国二カ国目、ラトビアへ向かいます!

[リトアニア]ユダヤ人を救った日本人とは[Lithuania] A Japanese who saved thousand Jews in Lithuania.

Labasラーバス!(リトアニア語でこんにちはの意味)

今日は、列車に乗ってリトアニア第2の都市カウナス(Kaunas)に行ってきます。

ホステルからヴィリニュス駅までは徒歩2,3分なので便利です。

ヴィリニュス駅
駅構内のくろぎスペース

カウナスまでのチケットは5,6ユーロ(約670円)でした。ついでに帰りの分も買ったのですが、なぜか復路の料金は1ユーロ高い6,6ユーロでした。謎。

番号829番、11:15発の列車です。

出発の11時15分まで時間があるので、駅のすぐ目の前にあるバスステーションに、明日行くクライペダまでのチケットを買いに行くことにしました。

バスステーション
券売機がありました。

窓口もありましたが、券売機を見つけたので試してみることに。

クライペダの時刻表

表示されている時刻表から選びます。英語の表示もあるので分かりやすい。私は12:40発のeurolineというバス会社のチケットを購入しました。19ユーロ(約2300円)。

クレジットカードが使えました。
チケットと領収書が出てきます。

明日のチケットも買えたし一安心です。

それでは今日の目的地カウナスまでの列車に乗り込みます。

駅でコーヒー(1ユーロ)とアップルパイ(0,4ユーロ)を買いました。安いです。

車内はすっきり綺麗
駅にいた巨人。笑。

列車の中で、連絡しようしようと思っていたリトアニア人のアンタナスに連絡してみました。

彼と会ったのは、4ヶ月以上前の4月に訪れたイスラエルのエルサレムで乗ったバスの中でした。
ヨルダンからの入国審査でひょうんなことから拘束?(された気分)され、質問攻めに合いやっと入国出来て乗った市内へ向かうバス。怒りと悔しさと惨めさで疲れでもうそうでもいいやという気分の中(多分目も鼻も赤くて泣いたのがバレバレだっと思う。)、未知の国イスラエルでまだ心細く不安なところに隣の席に座ったのがアンタナスで、優しく声を掛けてくれたのです。シャイそうに見えたけれど天使だった。自分も初めてイスラエルに来たこと。一人旅だが途中で友人と合流する予定などを話してくれました。そして自分の携帯を使ってホステルまでの道のりを調べてくれたのです。私が今世界一周の旅をしていてリトアニアにも行く予定だと伝えると、名刺の裏に電話番号とメールアドレスを書いて渡してくれたのでした。

今休暇でお姉さんのいるベルギーにいるということで残念ながら会えませんでしたが、何かあれば連絡してとか、カウナスの杉原千畝記念館に行くんだと話すと、そんな所があるなんて知らなかったけど僕の行きたい所リストにも加えとくよと、やっぱり天使ぶりにじみ出ていました。あーなんかイスラエルのこと思い出したら涙が出てくる。もう一度会いたかったなあ。

カウナス駅

カウナスには1時間10分程で到着しました。近いですね。

目的地の杉原千畝記念館まで歩きます。

公園の様な所を通って、坂道を登り、なんか住宅街にやってきました。

記念館なんてあるのだろうかと少し不安になりましたが、ありました。

命のヴィザと書かれた門

思わず通り過ぎてしまいそうな普通の一軒家といった感じです。(実際通り過ぎた。笑)

入場料は4ユーロ(約480円)。日本語の話せるスタッフが親切に案内してくれました。私以外他には誰もいない様です。

杉原千畝(ちうね)さんとは、日本の外交官で、第二次世界大戦が始まる頃にリトアニアで領事をしていた人です。

第二次世界大戦でナチスによるユダヤ人迫害が始まると、隣のポーランドから多くのユダヤ人が難民としてリトアニアに流れてきていました。そしてリトアニアでもナチスから追われた彼等に残された唯一の逃げ道は、シベリア鉄道でソ連を横断し日本に行き、日本から第三国へ脱出する、という方法でした。

でもそのためには日本の通過ビザが絶対的に必要です。

杉原千畝は領事としてユダヤ人に通過ビザを発行出来る様に日本本国に許可を願いますが、当時ドイツと同盟を結ぼうとしていた日本からは許可が下りませんでした。
しかし杉原千畝は命より大事なものは無いと、独断でビザを発行することを決断したのです。

結果、2千通ものビザを発行し6千人以上のユダヤ人を救ったとされ、「命のビザ」と言われました。

実際のビザ
杉原千畝の執務室
実際に使われていたスタンプを押すことが出来ます。

館内では、杉原千畝の活動がまとめられた動画が日本語でも見られます。
私が去る頃には、日本人の人達が入ってきました。

杉原千畝、こんな遠い国にこんな日本人がいたなんて。胸が熱くなりました。

ここから歩いて、街の聖ミカエル教会まで行ってみます。

途中で見たモスク。

モスクの側にテントがあり、中に人がいてお祈りをしていました。
よく見るとて、テントには窓の模様が施されていて、なるほど簡易テント版のモスクになっている様です。

簡易テント版のモスク

モスクの修復工事中の間もこうやってお祈りを続けているんですね。

聖ミカエル教会

聖ミカエル教会に着きました。カウナスでの観光スポットなはずなのに、人はまばら。

教会前の広場に面したカフェに入ると、なんとどんぶりがあるではありませんか!日本食が恋しくなっていた私は迷わず注文。味もなかなか。カプチーノと合わせて8ユーロ(約960円)。量はあと2杯位軽くイケる位でしたが節約の為我慢。

トイレも済ませ(綺麗そうな所で入っておくのが原則です)、また駅まで歩いてヴィリニュスに戻りました。