[ルーマニア]黒い教会のパイプオルガン。そしてハンガリーへ移動[Romania]Pipe organ at Black Church

今日は、黒い教会Black Churchで、毎週火曜日の午後6時半から開催されている、パイプオルガンのコンサートに行ってきました。

夕方のコンサートまで時間があるので、タンパ山(Tampa)へ登ることに。

スファトゥイルイ広場から見える山がタンパ山です。

昨日は雨が降っていたのですが、今日はちょうど良い感じの気温です。

森の中にはきつねやイノシシ、猫も?!いるみたいです。

動物いるんだ。会えたらいいなあ。でも本当に目の前に出てきたらどうしよう。。。

昨日の雨で思ったより道がぬかるんでいて、履き古したスニーカーが滑る滑る。「ベイビーステップ、ベイビーステップ」と自分に言い聞かせながら、一歩一歩慎重に進みます。

昨日の雨でまだぬかるみがちの道
鳥の鳴き声が聞こえます。
ラズベリーかな?

空気もいいし、緑の匂いや土の匂いが気持ちいい〜

としばらく歩いていましたが、やっぱり滑って怪我をしたら嫌なので、ケーブルカーで行くことにしました!元気で生きて帰ることが目標なので、リスクはあまり負わない主義です。苦笑。
ケーブルカーの料金は往復で18レウ(約480円)。

真ん中にスファトゥイルイ広場が見えます。

コンサートは6時半からですが、5時半位に行きました。料金12レウ(約317円)。
早く行ったおかげで一番前の席に座れました。

チケット

1839年に作られたこのパイプオルガンは、4000本のパイプから出来ているそうです。

下のアコーディオンの様な部分が伸びたり縮んだりします。

ホステルに戻ると、クリーニングを頼んでいた服が、無造作にベッドに置かれていました。こないだブルガリアで泊まったホステルでも、服がカゴに無造作に積まれて返ってきました。

アジアでは、タイもインドではきちんと畳まれて返ってきたのだけど、これはヨーロッパだからなのか?必要以上に服に触るのがいけないという配慮なのか?

これから、Flix Busで、次の国ハンガリーのブダペストに向かいます!
21:25発 翌朝8:15着予定。料金29.99ユーロ(3710円)。

Autogara Bartolomeuバスステーションまでは、Livada Posteiから行きます。

Autogara Bartolomeuバスステーション
自販機でコーヒー(2レウ約50円)を買い、ベンチでバスを待ちます。

明日の朝にはハンガリーです。

[ルーマニア]ドラキュラ城ことブラン城 [Romania]Bran Castle

ルーマニアといえばドラキュラ。ドラキュラ城に行ってきました。

13世紀初期に建築されたブラン城ですが、あの小説ドラキュラに出てくる、串刺し王と言われたヴラド3世が住んだことはなく、彼の祖父が住んでいたそうです。

まず、バスで、Livada Posteiバス停から、Autogara 2まで行きます。料金4レウ(約106円)。切符はバス停近くのキオスク(小さな売店)で買います。

Livada Postei バス停

16番のバスに乗ります。

黄色い箱の打刻機に切符を入れて、打刻します。

Autogra 2のバスステーションから、30分毎にブラン城行きのバスが出ています。(週末は1時間毎) 料金8レウ(約260円)。

ちょうどバスが出る所でした。念のため運転手に確認し乗り込みます。

ブラン城行きのバス

車内はほぼ満席。空いている席を探していると、カオリ!と呼ぶ声が。ブルガリアで会ったホス友のジュディです!ニュージーランド出身の彼女は、もう何年も旅をしている旅の先輩。時々ワークアウェイ(Workaway)をしながらというのが、彼女の旅のスタイルです。しばし話をしていると、あっという間(約40分後)にブラン城へ到着。

ワークアウェイ(Workaway)とは、旅の途中で働きながら収入を得るプラットフォームです。例えば、ホステルで受付や掃除などをして働く代わりに部屋代はタダとか、地元の子供達に英語を教えたり、と色々ある様です。

入場料は40レウ(約1060円)。

雨雲がドラキュラ城っぽい雰囲気を演出?
これ多分本物の熊。。リアル。。
ピアノ。キャンドルがついていたんですね。
これは、まさにヴラド3世が得意としていた串刺し刑では。。怖。
石の階段
木の階段
何かを知らせる鐘だろうか?
城の前にはお土産やさんが連なっていました。

帰りも同じバス停からブラショフのAutogara2まで行きます。Autogara2から旧市街までは、歩いて戻りました。

ブラン城前のバス停にあった時刻表。

ブラン城は、こじんまりとしていて、意外に地味なお城という印象でした。でもそれがドラキュラのイメージになったのでしょうね。


[ルーマニア]列車でブカレストからブラショフまで移動[Romania]Train from Bucharest to Brasov

ブカレストから、ブラショフ(Brasov)まで列車に乗って来ました。

ブラショフは、ルーマニア第二の都市。ここからドラキュラ城として知られるブラン城にも行けます。

ブラショフまでの列車は、Gara de Nord駅から出ているので、Gara de Nord駅まで地下鉄で行きます。
Piata Unirii駅→Gara de Nord駅 5レウ(約135円)。

地下鉄の券売機は、画面表示を英語にすることが出来るので、簡単に購入出来ます。

地下鉄の券売機
Piata Unirii駅のホーム

Gara de Nord駅で、ブラショフまでの切符を買いました。
12:15 ブカレスト駅 → 14:58 ブラショフ駅 48.6レウ(約1310円)。列車番号IR1645、2等車です。

ブラショフまでのチケット
Gara de Nord駅。予定通り12:15発です。
構内には、マックやその他お店が色々あります。
どこかレトロな車両

車窓からの景色に緑が多くなってきました。

雲と花が同じこんもり丸形

約 2時間半後、ブラショフ駅に着きました。ここからホステルのある旧市街までは、バスに乗って、黒い教会前(Black Church)まで行きます。切符はバス停近くのキオスクで買えます。料金4レウ(約107円)。

バスのチケット。車内にあるパンチで時乗車時間を打刻します。

運転手さんの近くに座り、念のためBlack Churchに行くことを伝えると、バス停が近づいた時に親切に教えてくれました。

通りにはカラオケも

ブラショフでの宿は、Hostel Boemia Brasov 1泊13ユーロ(約1630円)。
ブラショフ旧市街の中心にあるスファトゥルイ広場(Piata Sfatului)から、徒歩2分の所にあり、観光にも便利です。黒い教会Black Churchもすぐ側です。

黒い教会 Black Church

14世紀後期に建設された教会です。見ると特に黒い感じはしないのですが、火事で一部が黒焦げになった為だそうです。

黒い教会 Black Church
ヨハネス・ホンテルス Johann Honterus

教会のすぐ側に立っている、ヨハネス・ホンテルス(1498年〜1549年)の像。ホンテルスは、外国で学んだ後ブラショフに戻ると、印刷機を使って数々の本を印刷、教育に力を入れたそうです。ホンテルスの名前が付いた学校や図書館では、今でもドイツ語が使われてているそうです。

元々ブラショフは、12世紀頃からやってきたドイツ人によって作られた街だそうなので、その名残でしょうか。

スファトゥルイ広場 (Piata Sfatului)

黒い教会のすぐ側にあるスファトゥイルイ広場は、旧市街の中心となる場所です。

噴水の囲んで、沢山の人で賑わっていました。

向こうの山にはハリウッドばりのBRASOVの文字が。

広場には旧市庁舎もあります。

旧市庁舎。現在は博物館になっています。

何やら物産展みたいな感じで、テントが連なり、モルドバ産のワインやチーズ、毛皮のコートなどが売られていました。
モルドバ、モルドバ、、、ってどこだっけ。。調べると、ルーマニアの北東にあるお隣の国でした。モルドバのことなんてこれまで生きてきた中で考えたことなかったかも。世界は広い。

スフォリ通り Strada Sforii

この通りは、ヨーロッパで一番狭い通りの一つと言われているそうです。一番狭い所で幅111cmだそう。

確かに、人とすれ違うには狭い感じです。

お腹が空いてきたので(今午後4時過ぎ)、スファトゥルイ広場から伸びるレプブリチイ通り(Strada Republicii)のカフェで、カプチーノ8レウ(約210円)とほうれん草とチーズが入ったもの(下写真)28レウ(約745円)を頂きました。

エカテリーナゲート Ecaterina's Gate

1559年、当時この辺りに住んでいたハンガリー人によって建てられた門です。
市街地はハンガリー人によって支配されていて、ルーマニア人商人に対してはこの門からのみ入ることが許可されたそうです。

門の上には、ブラショフの紋章がありました。
聖ニコラス教会 St. Nicholas Church

1292年建築。ルーマニア正教会の教会です。

今日参加したウォーキングツアーは、ブカレストでも参加したWalkabout Free Walking Tour Brasovです。集合場所はスファトゥイルイ広場で、オレンジ色のTシャツや傘を持っている人が目印です。

[ルーマニア]裸の王様が建てたルーマニアで一番美しくて一番醜い建物 [Romania] The most beautiful and the ugliest building in Romania.

独裁者チェウセスクが建設した「国民の館」(The Palace of the Parliament)に行ってきました。

入り口とチケット売り場

ウニリ通りの並木道をずっと行きます。

ウニリ(Unirii)通りを真っ直ぐ行きます。

すると、突き当りにダダーンと現れる巨大な建物が「国民の館」です。

写真では伝わりにくいですが、とにかくデカイ!横幅275メートルあるらしいです。
アメリカのペンタゴン国防総省に次ぎ、世界で2番目に大きい建築物だそうです。

ちなみに、入場口は下図矢印の所です。ウニリUnirii通りから来ると、建物に向かって右側にぐるっと回った公園側にあります。間違った入り口に行ってしまうと、かなり回り道をして歩くことになるので、下調べしてから行った方がいいです。

入り口

着いたのは11:20でしたが、ツアーの空きがあるのは14:00以降と言われ、仕方なく14時のツアーを予約し、それまでの間、館内にあった美術展を覗いたり、あとは散歩がてら外に出て、見つけたカフェで過ごすことにしました。

入場料は35レウLeu(約950円)。個人では入場できず、必ずガイド付きツアーに参加する必要があります。身分証明書の提示がないとチケットが受け取れないので、パスポートを忘れずに。ツアー開始前には、ガイドからの注意事項の説明、そしてセキュリティーを通って荷物検査があります。
詳細はこちらのウェブ(英語)でもできます。

ツアー開始

「国民の館」はチャウシェスクがつけた名前で、チャウシェスク政権の崩壊後はThe Palace of Parliamentと名前を変え、現在は、ルーマニア議会や政党のオフィスなどが入っているそうです。でも、なにせ3000部屋もあるため、多くの部屋は使われておらず、今日のツアーで見学するのは、全体のたった4%にしかあたらないそうです。この巨大な建物は、地上82m(12階)、地下もなんと90m(9階)もあるそうです。 地下には、シェルターや駐車場、プールもあるそうです。

ここに国民の館を建設するためチャウシェスクは、それまでに住んでいた3万人もの住民を追い出したそうです。

ロセッティホール The “C. A. Rosetti” Hall
このホールのシャンデリアは、一番大きいそうで、5トンもあり、震度9にも耐えられると言っていました。

 ロセッティホール The “C. A. Rosetti” Hall
会議室。 右の人はガイドさん。
ここはチャウシェスクの妻エレナの為の会議室で、壁にはピンクの大理石が使われています。
ピンク大理石
大階段
ユニオンホール(Union Hall) 。天井の高さがわかりますか。

下の動画でもどうぞ。

アレクサンドル・ヨアン・クザ・ホール(Alexandru Ioan Cuza Hall)からは、街を見渡せるバルコニーに出られます。

このゴージャスなバルコニーからの眺め!独裁者チャウシェスクはきっとここからの眺めにご満悦だったのでしょうね。


いやいや、そうはいかず、実は最初に使ったのはチャウシェスクではなく、マイケルジャクソンだったんです!だそうです(ガイド談)
ザ・独裁者チャウシェスク。いつか北朝鮮を訪れた時に見た建物に感化され、「国民の館」建設の構想を持ったそうでが、建物の完成前を待たずに改革が起こり逮捕、処刑されたために、結局住むことはなかったのです。

ちなみに、チャウシェスク死亡時には建物の6割しか完成していなかったそうで、工事を止めて取り壊すという議論もあった様ですが、経済的にも継続したほうが良いとなったそうです。ルーマニア国民の間では、「一番美しくて一番醜い建物」と言われているそうです。複雑な気持ちが表れていますよね。

バルコニーから撮ったパノラマ

就任当初はそれなりに人気もあり支持されていたそうですが、妻のエレナと共に私腹を増やすようになり、「国民の館」はその極みだったのでしょう。一方で、国民の生活は良くなるどころか、パン一つ買うのにも困窮するようになっていたそうですが、そんな状況の中でも、チャウシェスク夫妻は商品豊富な店に入り、大量の食べ物を抱えて出て来る姿がテレビで何度も放映されたそうです。

一説では、国民がこれほどまでに困窮しているのを、もしかするとチャウシェスクは知らなかったとも言われているらしいです。側近たちが、チャウシェスクがお店に行く時には先回りして、商品を陳列棚に並べて、”豊かなルーマニア”を繕っていたそうです。

でも結局、暴動(改革)が起きて、怒り狂う国民を目の当たりにしてすっかりビビったチャウシェスクはヘリコプターで逃亡を図りますが、ヘリコプターのパイロットを始め、行く先々で関係者から裏切られ、あっけなく逮捕されてしまうのです。
裸の王様だったわけですね。そう考えると、童話の裸の王様って普遍を描いていたんだなあと思います。あ、童話ってそもそもそういうものなのか。

チャウシェスクさん、ヒトラーもそうだけど、どうやってそうなったのだろう。ひしひしと感じる闇に興味深々新。。

帰り道、ラベンダーが咲いていました。

[ルーマニア]バスでルーマニアのブカレストへ [Romania] Bus trip to Bucharest, Romania

ドーバルデン!(ブルガリア語でこんにちは)
今日行くルーマニア語ではブナジウワー!

今日は、ブルガリア最終日。夜にはルーマニアの首都ブカレストへ向かいます。

ホステルの駐車場で見た、黒い物体

こっちを見てる?
ツメでがしっ。澄んだ青い目が可愛い。
手の指全開。笑。
足のぼりにチャレンジ!

ジェンスキ・パザル市場

Zenski pazarに行きました。


ピクルスなどを詰める瓶でしょうか。
とんがり帽子型のトマト

チェリー。これだけ買って100円以下!


ブルガリアからルーマニアへ移動

バスで、ルーマニアの首都ブカレストへ向かいます。
チケットはFlixBusでを購入しました。
23:30 ソフィア(Serdika Bus Station)→6:30ブカレスト(Bucharest Autogara Militari)
5時間の旅です。料金15,48ドル(約1710円)。車内にはWifiがありました。

Ruseという国境で、バスを降りてのパスポートチェックがありました。

Ruse 国境 BULGARIA >>> ROMANIA

早朝6時過ぎ、ブカレスト(Bucharest)のAuto Gara Militariバスステーションに着きました。
新しい国に入る時はいつも緊張します。朝もやの中バスを降りると、小雨が降っていました。ブルッとなりながらバスのトランクから荷物を取ります。

近くにあったATMでとりあえず50レウ(約1350円)を引き出しました。

不安になりながら、少し歩くと、ガソリンスタンドが見えたのでそこのお店に入りました。カプチーノとパンを買い、休憩。温かいカプチーノが沁みます。
カプチーノ7,5レウ(約200円) パン2,5レウ(約67円)

綺麗でモダンなコンビニ。

店長らしき男性が、フレンドリーにハローと話しかけてくれ、駅の場所を聞くと親切に教えてくれました。ソフィアから一緒に来たホス友とはここでお別れです。大きな街には興味がないと言って、彼女はここからバスを乗り換えてブラショフ(Brasov)まで行きます。

私は、Pacii駅から地下鉄に乗り、Piaţa Unirii駅で降りました。Pacii駅はAuto Gara Militariバスステーションのすぐ近くにありました。

今日のホステルは、First Hostel Bucharest 10ユーロ(約1260円)朝食付き。
スタッフは24時間常駐ではないのですが、スタッフにつながる電話が置いてあるので、何かあれば電話で聞くことが出来ます。シティセンターまでは10分から15分程歩きますがお部屋も綺麗でした。

10時からのシティフリーウォーキングツアーに参加することにしました。

フリーウォーキングツアー

参加したのは、Walkabout Free Walking Tour。Piata Unirii Parkが集合場所です。Piata Unirii駅の前にある公園です。

訪問したのは下記の場所です。

  • 聖アントニー教会 St. Anthony’s Church
  • ヴラド・ツェペシュの王宮跡
  • スタヴロポレオス教会 Stavropoleos Convent (Stavropoleos Monastery) 
  • 革命広場 Revolution Spots 
聖アントニー教会 St. Anthony's Church
聖アントニー教会 St. Anthony’s Church
ヴラド3世の王宮跡 Ruins of Vlad’s Citadel

ヴラド3世と聞くと誰?って感じですが、あの吸血鬼ドラキュラのモデルになったワラキア公国の君主だそうです。
実際の彼は、ある意味ドラキュラよりも残酷で、抵抗した者に対しては、棒をお尻から刺し、重力で体が少しずつ下がってくるのを利用して生き殺しにしていたそう。怖すぎる。
でも面白いのは、悪者を次から次へと殺してくれたので、民衆からは賞賛もされていたそう。
フィリピンのドゥテルテ大統領を思い出しました。強気な発言等で物議を醸すお騒がせ大統領という印象ですが、治安改善の為麻薬売買に関与した犯罪者を次から次へと殺してくれたと、国民からは結構感謝されて人気もあるらしいです。

ヴラド3世。
スタヴロポレオス教会 Stavropoleos Convent (Stavropoleos Monastery)

ハヌル・マヌクHanul lui Manuc (Manuc’s Inn)

ルーマニアで最古のホテルで、1808年創立だそうです。
現在はルーマニア料理のレストランになっています。

お店の前には、古い時代の、木で舗装された道が残っていました。

お木で舗装された道路。
革命広場 Revolution Spots

1989年、独裁者チャウセスク大統領に対するクーデターが起きた場所です。
12月21日、チャウセスク大統領を賞賛する集会が一転、反政府による抗議デモに発展し、そのわずか4日後の12月25日に裁判が行われ、その日に夫婦とも銃殺によって処刑されたのです。衝撃的な処刑の映像は世界に放映されました。その頃は何が起きたのか理解していませんでしたが、私も当時ニュースで見た記憶があります。

革命広場と旧共産党本部の建物。
当時、チャウセスクは2階のバルコニーからが演説していたそうです。それが最後の演説になりました。
当時の様子を説明するガイド
Victory Avenueの街角

ツアーも終わり、さっきも行った、ルーマニア最古の旅館&レストラン、ハヌル・マヌクHanul lui Manucに戻ってランチをすることに。
チョルバ・デ・ブルタ (Ciorba de Burta)という牛モツのスープを食べました。ルーマニアもモツ肉を食べるのが意外でした。味は、ニンニクが効いていて、ビネガーが入っているので酸味もあります。正直味はイマイチでした。。

チョルバ・デ・ブルタ (Ciorba de Burta)という牛モツのスープ。